「ツールを入れたのに、DXが続かない」
こういった課題をお持ちの方は、少なくないのではないでしょうか。一度は動き出したDXプロジェクトが、いつの間にか止まっている、続かない。実は、マクニカも3年前から同じ問題に向き合い、試行錯誤を重ねてきました。
マクニカでは、約1年で約20部門が参画し、70を超えるアイデアが集まり、11のシステムやサービスがリリースされました。この変化のきっかけは、新しいツールの導入ではなく、CoE(Center of Excellence=全社横断の推進組織)を中心とした体制づくりでした。
本記事では、その体制のつくり方を、失敗の過程から順に追います。DX推進に悩む方が次の一歩を考えるヒントになれば幸いです。
なお、本記事は、マクニカ・イノベーション戦略事業本部 刀禰の講演をもとに再構成したものです。
3年の試行錯誤。プロジェクトが終わると、人も知見も部門へ帰ってしまう
「QCDからDCQへ」
出発点は、危機感でした。生成AIを含め、市場の環境変化は非常に速い。変革し続けられなければ競合に負け、市場から淘汰される。そんな危機感が社内にありました。
システム開発の考え方そのものも、見直す必要がある。そこでマクニカのCIO安藤が掲げたのが、「QCDからDCQへ」という言葉でした。品質を最優先にする作り方から、スピードを起点にした作り方への転換です。
ウォーターフォール型の開発では、要件を固めて作り終える頃に市場が変化し、リリースした頃にはビジネスモデルや業務、顧客ニーズが変わってしまいます。だからこそ必要なのは、最低限の要件でまずリリースし、変化に追従し続ける開発です。
といっても、品質を犠牲にするわけではありません。セキュリティ対策などの品質にかかわる部分は、全社共通の部品として整備し、各プロジェクトに配ることで担保します。この仕組みは、後半でご紹介します。
野良プロジェクトの乱立
マクニカが、プロセスだけでなく文化やマインドセットから変える取り組みを始めたのは、3年前でした。最初の一手は「理解促進」、つまりデジタルの価値をまず体感してもらうことでした。そこで、海外との接点が多い営業に翻訳ツールなどを配り、業務が変わる体験から始めました。
次に、約20部門の代表リーダーを集めました。各部門のリアルな業務課題をテーマに、システム開発のプロジェクトを立ち上げていきました。ここまでは順調でした。
ところが、プロジェクトが終わると、メンバーはそれぞれの部門へ帰っていきます。すると、アイデア出し→開発→業務改善という流れそのものが止まってしまう。せっかく回り始めた取り組みの再現性が、失われてしまったのです。
一方で、2030年に向けた経営ビジョンのもと、各部門はそれぞれDXを進めようとしていました。気づけば、各部門が別々のツールと別々の開発プロセスで進める、野良プロジェクトの乱立状態になっていました。これでは、会社全体の力を活かしたスピーディーな変革は望めません。
*上図の「Digital Execution Factory」はCoE組織構築支援を含めた、継続したDXを生み出すための製造業向けDX支援サービスです。
この乱立状態を抜け出すためにマクニカが選んだのが、CoEという組織体制づくりでした。
CoEはまず、IT部門とイノベーション戦略事業本部がメンバーを出し合う形で、専任部署を持たないバーチャルな組織として立ち上がりました。
目的は、再現性のある形でDXを推進する体制と機能を整えることでした。そのためにまず、全部門のDX案件を一つの窓口に統合し、統制をかけます。野良プロジェクトや野良アプリは、防がなければならない。ただし統制は目的ではなく、ばらつきを防いで再現性を保つためのガードレールです。
統制が守りだとすれば、攻めにあたるのが生産性の向上です。当時のマクニカは、部門差はあれ、外部のコンサルティング会社やSIerに開発を外注することも多い状況でした。
そこをできる限り内製化しました。さらにローコードや生成AIの技術で、開発そのものの生産性も高まりました。その結果、開発の工数は劇的に下がり、開発コストも下がっていきました。
さらに窓口を一つにすることで、得たノウハウを一箇所に蓄積できます。あるプロジェクトで失敗しても、別のプロジェクトでは繰り返さない。そんな状態をつくることができます。
DX人財が育つ仕組み
CoEは、開発を代行する組織ではありません。アイデアを持ち込んだ事業部門の人自身が、プロダクトオーナー(つくるものに責任を持つ役割)や開発者としてプロジェクトに入り、実際に推進します。
CoEはこのメンバーのために、オンボーディングやOJTといった育成の仕組みも提供します。プロジェクトを終えて部門へ戻ったとき、今度は自らリーダーシップを取り、部門を引っ張る側に回ってもらうためです。
実プロジェクトの経験で、DX人材として活躍できる人が育つ。人が育てば、全社のDXが加速していきます。
ツールは5分の1。体制づくりの方法論「5P」
マクニカのCoE組織の土台には、5Pという考え方があります。元は、シーメンスやMendixが膨大な実践知から体系化したDXのベストプラクティスです。それをマクニカが自社での実践を通じて、日本企業の文化や商習慣に合わせて最適化しました。
「ツールは、DX変革のごく一部である」。5つのPのうち、Mendixのようなツールが担うのはPlatformです。しかし、それだけでは変革は進みません。People、Process、Portfolio、Promotion。残る4つがそろって、初めて動き出すのです。
それぞれのP
Peopleは、人です。事業とITが連携して、アジャイルで業務改善や新サービスを企画・開発できる人材を育てます。さらにプロジェクトの成功率を高めるための適切なチーム編成についても規定しています。
Processは、進め方です。開発の前に、アイデアの価値をROIで定量化し、優先順位を決め、最適なツールを選びます。開発中は、事業とITが連携したアジャイルで進める。そして開発後の保守までを、標準のプロセスとして整えます。
Portfolioは、テーマです。社内の業務改善や新サービスにつながるアイデアを、ワークショップなどで創発し、集めます。事業部門側だけでなく、IT部門側も攻めの提案ができるようにします。
Platformは、基盤です。ローコードやAI、IoTなどの様々な技術を組み合わせて、変革を支える共通の開発・運用基盤を整えます。
Promotionは、発信です。チームのモチベーションを保ち、文化の変革を促す啓蒙の活動です。
なお、DX推進者のタイプごとに不足しがちなPが存在し、それがDX推進の壁になることが多いです。詳しくはこちらの記事でご紹介しています。
最重要は「Promotion」
では、5つのうちどれが最も重要なのでしょうか。このフレームワークをシーメンスの担当者と、マクニカのメンバーが議論したとき、返ってきた答えはPromotionでした。
こうしたプロジェクトは、メンバーのモチベーションが下がると一気にトーンダウンし、解散に追い込まれるからです。DXの担い手には別にメインの業務があり、非常に忙しいなかで推進しています。それだけでなく、所属部門から何をやっているのかという声が飛んでくることすらあります。
それでも、これは利益につながる活動だと会社が評価すれば、本人は報われますし、前に進む背中を押してもらえる。マクニカでは、経営層を巻き込んだ発信と成果の可視化という形で、このPromotionをいまも磨き続けています。
5つのPを、CoEの機能へ
この5Pを、マクニカはCoEの体制・機能に落とし込んでいます。例えばPlatformでは、推奨ツールの選定を行います。マクニカのCoEはプロジェクトの性質によって、Power PlatformやMendix、UiPath、コード生成AI(Claude Code)などのツールを使い分けています。
このうち、Platformのアプリケーション層を担うのが、Mendixです。
では、アプリケーション層をなぜMendixが担うのでしょうか。話題のコード生成AIに開発を任せる選択肢もあります。しかし、全社のガバナンスとセキュリティを担保しながらエンタープライズ領域のシステムをつくるには、まだハードルがある。マクニカではそう考えています。
この選択の背景は、次の記事で詳しく解説しています。
なお、生成AIの活用推進と統制を担うこうした組織機能は「AI CoE」とも呼ばれます。マクニカでは、全社DXのCoEもこの機能を内包しています。
ツールを選定したら、次は配布です。会社のデザイン基準に沿ったテンプレートとセキュリティモジュールを、全プロジェクトに配ります。個々のプロジェクトが、個別最適なツールや進め方に流れることを、仕組みで防ぎます。冒頭で触れた品質も、この共通部品が担保します。
体制は機能したのか。全部門が参画した1年
反対派を予想したら、全部門が参画していた
各部門が好きなタイミングでアイデアを投稿し、CoEが受け止めて、事業部門とともに素早くアウトプットを出す。この循環を組織の機能として1年運用した結果、いまでは約20の事業部門・間接部門がこの取り組みに参画しています。ダッシュボード上のアイデアは、70を超えました。9つの業務改善システムと2つの新サービスがリリースされ、44,000時間が削減されました。
ただ、いちばんの収穫は、数字そのものではありませんでした。立ち上げの時点では、反対派がいるのではないかという不安もありました。ところが、ふたを開けてみれば、全事業部門と間接部門が参画していたのです。
事例:基幹連携の内製から、生成AIの新サービスまで
事例の一つに、IT予算管理アプリの内製化があります。当初、予算管理には費用が高額なSaaSを使っていました。IT部門は、これをMendixでの内製に置き換えました。SAPとの連携が必要な領域でしたが、1つのプロダクトとしてリリースし、運用しています。このように、基幹に接続する業務システムをローコードで内製し、本番運用される大きな成功例となりました。
他にも、DXの推進プロセス(アイデア・要求出し→開発→リリース→保守)自体を標準化してシステム化した事例や、全社・部門のKPI管理の事例もあります。さらに、生成AIのプロンプト設定の難しさを利用者に意識させない形にした新サービスも生まれました。事業部門や間接部門の頭の中にあるアイデアをきちんと拾えれば価値あるサービスは生まれる、という手応えをつかんだ1年でした。
DXを「継続する活動」にする2つの条件
この1年の学びを、2つご紹介します。1つ目は、経営トップとの目線合わせです。この活動には、CIOとCEOがスポンサーとしてつき、デジタルによってどの経営数値にインパクトを出すのかを合意しています。この合意形成がないと、成果の良し悪しの判定もできません。
DXの取り組みは、1年で解散する「プロジェクト」で終わってしまうことがあります。一方で、マクニカの経営数値の目標は、2030年やその先まで設定されています。この目標に活動を結びつけておけば、目標が続くかぎり、活動にも終わりが来ない。つまり継続する活動になっていきます。
2つ目は、実際に手を動かす人たちの共感です。トップダウンの指示だけでは、組織は動きません。戦略に共感し、手を動かすのは、我々を含め事業部門やIT部門の一人ひとりだからです。
例えばですが、IT部門から見た事業部門は、どこか取っつきにくく、会話しづらいように見えたりする。一方、事業部門から見たITは、何を言っても手伝ってくれない存在に見えたりする。多くの会社で、毎日のようにこういったすれ違いが起こっているかもしれません。
このすれ違いを、共通のビジョンと共通のプロセスで越えられれば、利益を最短で生むことができる。経営トップとの目線合わせと、手を動かす人たちの共感。この2つの条件がそろって初めて、事業とITが連携した「再現性のあるプロセス」が回り始めます。
足りないのは、ツールではなく体制
再現性を失うDXに足りないのは、ツールではなく体制である。これ自体よく言われることですが、マクニカは実践を通じてその本質をつかみました。継続的にDXを生み出す組織体制、5P、そして人やノウハウの循環。マクニカではCoE組織で、1年で70を超えるアイデアと、11のリリースを生み出せました。
すべてを一度に整える必要はありません。マクニカの最初の一歩も、翻訳ツールでデジタルの価値を体感してもらう、小さな理解促進からでした。
体制のつくり方は、本記事でご紹介した「5P」という方法論に整理されています。マクニカも自社での実践や多くのクライアントへのご支援(CoE組織構築支援)を通じて、CoE組織の再現性の高さを実感してきました。自社のDXに再現性をつくる次の一歩を、この5Pから考えてみてはいかがでしょうか。