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 業務プロセスの見直しをはじめとした現場対応から、会社全体の変革までが求められている昨今。デジタル技術を駆使した社内DXは、そのカギを握る取組みの1つです。本記事では、マクニカにおける社内DX推進のキーマンであるIT本部長の安藤 啓吾が、「DX Factory」を通じた変革の軌跡を語ります。また、記事の後半では入山 章栄教授との対談パートもお届けします。

本記事は、827日(火)にマクニカが開催した「Executive Knowledge Sharing Forum~ビジネス×ITの融合と生成AI活用最前線~」での講演の一部を掲載したものです。【前編】 には、入山 章栄教授による講演を掲載しています。

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IT本部が考える方針とDX推進のポイント

 マクニカでは毎年、各本部が重点方針を定めており、IT本部は下の図が示すように成長・変革・基盤という3本の柱を軸にした方針を立てて施策を進めています。マクニカのメインビジネスである半導体のディストリビューションや、イノベーション戦略事業本部による新規事業の推進に対してIT本部は何ができ、それを支える基盤はどうあるべきかといったことを考えているわけですね。本講演ではこのあと、赤字で書かれた部分について触れていきます。

 また、DX推進のポイントはデジタルツールを小手先で使うのではなく、会社のカルチャーを変えることにあると私は思っています。その際、DXを牽引する立場であるIT部門自身も変わっていく必要があり、そのためのIT部門のマインドセット変革も非常に重要と考えています。DXを促進するための各施策とIT部門の組織変革、それらを車の両輪のようにセットで推進することで、マクニカの全社員がデジタル化を前向きにとらえ、活用できる環境、カルチャーを実現することを目指しています。

マクニカにおけるDXの取組み

 マクニカでは「マクニカ社員の一日をまるごとDXする」をコンセプトに、DXを広い視点でとらえ、デジタル化やデジタライゼーションなども含めて2年ほど前から推進してきており、その実現のために用意したのが、次の3つのステップです。

 まずステップ1では、社内のDXトライアルを行いました。ふつうは社員に「DXやろうよ」と言っても、「何をすればいいのか?」と思ってしまいます。そこで、この社内DXトライアルを通じ、身の回りのものが少しでも便利になったと感じてもらうわけです。一例としては、(まだ生成AIが登場していなかった頃に)翻訳ソフトやスケジュール調整アプリの導入などを実施しました。

  ステップ2は、各部門とのDX促進の仕組み化です。各部門からメンバーを募って30名ほどのコンソーシアムを作り、社内のDXを加速させることが狙いでした。各自が課題を持ちよって議論し、テーマを決めて最終的なプロダクトにつなげるといった取組みを進めるなかで生まれたのが、次に示したマクニカのビジョンです。

 この文章にはプロジェクトに参加した30名の想いが詰まっており、私や社長の原は内容にいっさい口を出していません。上から2行目に「日々の業務に追われている私たちが」とありますが、やはり「日々の業務が忙しくて、DXの推進なんてできない」という想いを社員はもっていて、それを経営陣に伝えるためにこの文章を加えたそうです。

 下段の「この取組は~」では、評価の話をしています。DX推進の取組みにおいては、「日々の仕事も忙しいのに、そんなことをしている暇があるのか?」という見方をする第三者もやはり社内にはいます。しかし、そういった思想をなくすことで、取り組んでいる人々が躍動できるような環境づくりをしてほしいと経営陣に訴えているのです。 

 

 一方でプロジェクトという存在はどうしても一過性のものになってしまいがちです。たとえば半年をかけてプロダクトを完成させた場合、その時点で満足し、急激に熱が冷めてしまうといった具合です。そこで重要になるのがDX推進のモメンタムを継続させるための環境づくりであり、そのための具体策がステップ3DXプラットフォームの整備です。

 ただ、プラットフォームと言っても単に環境を用意するだけではなく、DXの継続による価値創出ができる仕組みやアプリを開発するためのサポート、必要となるツール類を併せて提供していこうと考えています。私たちはこの取組みを「DX Factory」と名付け、マクニカの新規事業を手がけるイノベーション事業戦略本部のメンバーと一緒に始めました。

 マクニカは色々と新しいことにチャレンジはしているものの、かつては部門ごとに動きがバラバラだったり、誰に相談してよいのかが分からなかったりしていました。そのため、それらを一元化し、イノベーションを加速する必要があったのです。DX Factoryの目的や期待する効果としては、市民開発の浸透によるDXの加速です。つまり、マクニカの全社員が自らモノをつくり、アイデアをスピーディーに具現化できるようシステム開発を内製化していくことでDXを更に加速させ、イノベーションに繋げていこうということです。

 結果として、市民開発の促進により、社外に依頼しているシステム委託費は減り、トータルのITコストは下がるはずです。また、IT部門以外の皆さんが自分たちの手でモノを作れるようになることで、それを社内はもちろん、社外のDXの推進につなげ、結果的に会社全体にイノベーションが起こることに期待しています。

 たとえば、生産性の向上を目的とした社内向けの業務改善アイデアや、社外向けの新サービスのアイデアがあるとします。私たちはこうしたものを、まずDX Factoryに持ち込むように社員に依頼しています。そして、図にある「プロダクトオーナー支援」「開発プロセス支援」「人財育成」「ガバナンス」という4つのサービスを活用し、そのアイデアを具現化するためのサポートを行なっています。

 また、私たちはチャレンジ精神がある人をきちんとサポートし、スキルアップを実現するため、経産省が出しているDXリテラシー標準なども踏まえながら、DX Factoryを通じたコア人財の育成にも注力しています。何らかのアイデアとやる気がある人をDXコア人財として育成し、各部署にそのような人財を増やしていくことで、やがてDXが全社に浸透していくと考えています。

生成AIの取組み

 私たちが生成AIに関する取組みをスタートしたのは、2023年からでした。組織横断で生成AIワーキンググループを組成し、活用方法等を議論、検討しながら図の下段に示したアプリやプラットフォームを順次開発してきました。

 まず1つ目の「博士ちゃん」は、OpenAIを活用したセキュアな生成AI環境の提供を目的としたもので、リリース後は社員に日常業務の中で使ってもらうように働きかけました。そして、2つ目にリリースしたのが「Knowledge ADD VNTR.(ナレッジアドベンチャー)」です。これは、Boxに保存されているマクニカのあらゆるドキュメントを生成AIを駆使して活用するための仕組みです。3つ目の生成AIプラットフォームは若干毛色が違いますが、「今後いかに生成AIを簡単に使えるようにするか」という課題に対し、自分たちの経験を基に解を出すために作ったものです。

 下図は、生成AIプラットフォームの詳細を示したものです。まず最下段には様々なデータソースがあり、中段に生成AILLM、最上段にサポート用のUIがきます。この3つを柔軟に組み合わせられるプラットフォームを開発し、社内外に対してサービスを提供していこうと思っています。そのひとつに、マクニカのホームページにも掲載されている「Macnica.Generative AI Platform」があります。今後も、皆さんが気軽に生成AIを利用できるよう、さまざまなアプリを開発していくつもりです。

IT部門組織変革

 最後に、IT部門の組織変革についてお話します。私たちは変革の推進にあたり、自分たちが旧態依然とした情報システムの人間ではいけないと2022年ごろから思うようになり、10年先を想定したシナリオを考え始めました。そのとき前提としたのは「2030年までにサービス・ソリューションカンパニーになる」という目標を掲げたマクニカの「VISION2030」であり、IT部門がそのビジョン実現に対してどのような貢献ができるか、を考えました。

 10年後のマクニカが目指す姿や周りの環境を考えた際、私はIT部門も大きく変わっていかなければいけないと感じ、メンバーに対しても、「現状維持であれば現状を維持することすら難しいので、自らも変わらなければならない」と説明しました。特に情報システム部門やシステム開発に長く携わってきたメンバーには実感もなく、理解も難しかったと思いますが、彼らには健全な危機感をもって欲しいと考えました。

 組織変革の実現は簡単ではありませんが、まず大切なのは自分ごとという認識を各自にもってもらうことです。従来はトップダウンによる組織変革が主流でしたが、そうではなく、自分たちがなぜ変わらなければならないのかを考え、状況の変化に適応しながら進めていくことが肝要と思います。そこで私たちは、図の右に示したアジャイル型組織改革をに取り組みました。

 私たちはまず想定されるリスクや自分たちのあるべき姿を提起し、それに対してどのように組織を変えていくかというアプローチを決め、そこから必要となる具体的なアクションを実行します。たとえば、組織憲章の策定では、「2030年を見すえた際、自分たちがどのようにあるべきか」「組織の主要な業務はなんなのか」「評価指標はどう設定するべきか」「主要なスキルは」といったことを紙に起こしてもらいました。その後、それを基にロードマップを策定し、さらに変革キャンバスの作成とレビューを実行しました。

 こちらは組織変革キャンバスのテンプレートで、3年後のゴールやそれに対する現在の課題、とるべきアクションなどを記入します。これを業務・人・組織のカテゴリーで作成し、各施策を実行した上で、私も参加して四半期ごとにレビューを実施します。そして、状況に応じて内容を調整しながら組織変革を継続的に推進することに挑戦しています。

 マクニカのイノベーション戦略事業本部のメンバーは非常にリテラシーが高く、新しい技術にも長けていますが、マクニカ全体で見ると、それが当たり前ではありません。これまでディストリビューション事業に取組んできた、商社としての社員の皆さんをいかにイノベーティブにできるかがIT部門のミッションだと思っていますし、それが実現すれば会社全体のイノベーションも加速すると信じていますので、これからも様々な新しいことに挑戦していきたいと思っています。

入山教授×マクニカ安藤の対談

入山教授安藤さんがマクニカの改革に尽力されていることが、とてもよく分かりました。逆に、前半の私の講演を聞いて思ったことはありますか。

安藤:入山先生のお話は過去にも何度か伺ったことがあるのですが、まさにおっしゃるとおりだと感じています。ただ、マクニカも含め、商社に属する人たちは入山先生のご意見にただちに理解し、賛同することは難しいかもしれません。まずはマインドセットを引き上げる必要があると思います。

入山教授デジタル化の推進において、皆さんがおそらく一番苦労されているのが組織と人材の領域という点は、安藤さんと私の話の共通点ですね。私は「人事は敵ではないが敵だ」といったことをよく言っているのですが、ここをどうにかしないと仕方がありません。
また、それ以外にも「人は変えられない」という話をよくします。そのときに半分は冗談、半分は本気で、皆さまに「自分の奥様の心を変えられた方はいますか?」と質問しています。おそらく、多くはないでしょう。つまり、世の中でもっとも変えたい相手の心を変えられない人に、赤の他人である部下の心を変えることは難しいということです。とはいえ、状況を変えられなければ課題を解決できないこともありますよね。安藤さんはお客様を相手どったときに、どんなことが重要だと考えていますか?

安藤:やはり、各人に健全な危機感をもってもらうことですね。マクニカの場合、半導体シェア1位の会社であることに社員がプライドや自信をもつのはよいことです。ただ、それと同時に危機感や「自分たちはこう変わっていかなければならない」という意識をもつことも、何か新しいものを生み出すには非常に重要で、私はそれを部下に伝えています。また、半導体事業は圧倒的な利益を出している代わりに多くの人的リソースが必要なので、DXなどの新しいことをしたいときになかなか人を割けないのも事実だと思います。人事も経営トップも、人的リソースをタイムリーにアサインすることが非常に難しいというジレンマはあると思います。

入山教授安藤さんから見て、デジタルをうまく取り入れているのはどこの会社ですか。

安藤:正直なところ、パッと思いつきません。私はCIOの仲間とも色々と話すのですが、文化やマインドセットの変革や要員不足に苦労しており、自分たちのやりたいことがなかなかできないと聞きます。

入山教授おそらく皆さまの悩みは、組織開発や人事といった点で共通していますよね。私はクレディセゾン社やトリドールホールディングス社、私が理事を務めている生活協同組合コープさっぽろなどは上手に取組んでいると思っていますが、そういった会社はまだまだ数は少ないです。

安藤:はい。入山先生のおっしゃるように、人事とも連動するレベルの事例までいくと、私の周りではほとんど聞いたことがありません。

入山教授マクニカ様がお付き合いしているのは大手企業が多いと思うのですが、実は中小企業のほうが動きは早いですね。たとえば、先ほどお話した陣屋という温泉旅館には「デジタルなど使ったことがない、自分たちには無理だ」というご年配の従業員の方が多くいらっしゃったそうです。しかし、代表取締役の宮崎知子氏は従業員の勤怠をデジタル管理に変えました。結果、勤怠を入力しなければ給与が支払われない状態になったことで、全員が目の色を変えてデジタル活用に取り組み始めました。結局のところ、社内で抵抗している方は怖いだけで、必死になれば全然できるわけです。

安藤:私が先ほど説明したStep1は、それと同じようなことを狙ったものです。体感すれば、良さを分かってもらえるという。なかにはすでに体感している方もいたとは思うのですが、そこにもっていくまでのハードルが高かったこともあり、どんなことでもいいからデジタル活用のメリットを体感してもらえる仕組みを作りました。

入山教授コープさっぽろの理事を務めている長谷川秀樹氏は、本当にすごいです。彼はコープさっぽろに入社し、SlackZoomGoogle Workspaceなどを全社員に使うように指示しました。そのSlackは私も見ることができるのですが、たとえば釧路の鮮魚売り場で、いま魚をさばいている人がどんな課題をもっているかなどが一発で分かったりします。簡単なものでも、とにかく全員がやってみるというのが一番大事だと私は思いますね。

安藤:マクニカでもそれを目指して色々チャレンジしてはいますが、日本だけでも3,000人近くの社員を抱えるほどの規模になると、厳しい部分もあるのかもしれません。

入山教授最後に、安藤さんにもう1つだけお伺いします。私は、とある企業がすべての新入社員を1年間エンジニアにし、そこに20億円のコストを投じていると聞いて驚きました。安藤さんはこれについて、どう思いますか。

安藤:どこまで取り組むかは難しいところですが、やはり私たちも全体の底上げは必要と思います。DXを自ら推進するDXコア人財の育成も重要ですが、それを全社としての活動にし、DXのモメンタムを醸成するためには、従業員全体のDXリテラシー底上げが必要だと感じています。ある企業では、かつては新人全員に英語を習得させていたのですが、中国マーケットの拡大に伴いそれが中国語研修に変わり、さらに現在では、Pythonの研修を必須にしていると聞いています。実際にPythonを使う・使わないは別にして、ベースとなるマインドやDXリテラシーを習得させることが目的のようです。

入山教授すべての中間管理職にPythonを習得させている企業もあるようですね。プログラマーになってほしいわけではないけれど、いかにデジタルが難しくて面倒かを理解してもらったうえで顧客に接してもらうことが目的らしいです。

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