
世間ではDXという言葉が幅広く浸透していますが、「日本はその推進に遅れが見られる」という声も決して少なくありません。その要因はどこにあり、企業はどのような手を打てばよいのでしょうか。今回は、早稲田大学大学院 経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクールの教授である入山章栄氏による、経営学を軸に据えた観点からの講演の一部をお届けします。
※本記事は、8月27日(火)にマクニカが開催した「Executive Knowledge Sharing Forum~ビジネス×ITの融合と生成AI活用最前線~」での講演を基に作成したものです。【後編】 には、マクニカIT本部 本部長の安藤 啓吾による講演および、入山 章栄教授との対談を掲載しています。
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【講演者情報】

早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授
入山 章栄氏
DXの課題
経営学は非常に複雑なビジネスを、人間の行動原理に基づいて説明できるという切り口を提供するものです。今回は「いままで考えがまとまらなかったことも経営学を使ってみると、こう説明できるのか」「自分の現場での感覚とは少し違うな?」といったことも含め、皆さんとディスカッションができれば幸いです。
結論から先にお伝えしますと、DXではデジタルトランスフォーメーションだけをするのはほぼ意味がなく、経営・ビジネス・組織の変革そのものが求められています。
そして、DXはイノベーションのためにあるもので、それを実現するカギは人です。つまり、人事との一体化がカギを握っていると私は考えています。
ところが、日本ではメディアなどの影響もあってDXという言葉だけが先行してしまった結果、DXが打ち出の小槌のように思われています。必要なのはあくまでも会社全体の変革であり、その理屈を説明できるのが、今回の最重要テーマである「経路依存性(Path Dependence)」という考え方です。
会社には複雑で色々な要素がありますが、それらが合理的に噛み合っているからこそ回っています。しかし、全体が噛み合っているがゆえに、どこか1箇所だけが時代に合っていない場合に変えようとしても変えられないのです。分かりやすい事例はダイバーシティ経営で、世間で声高に叫ばれている割に、日本では全然進んでいません。私はこのテーマについてもよく講演しているのですが、やはり「ダイバーシティだけをやろうとしても無理です」という話をします。なぜなら、それ以外の要素がダイバーシティと真逆の同質人材と強固に噛み合っているからです。
本気でダイバーシティを進めたい場合は、多様な人を採用するためにも新卒一括採用や終身雇用を見直さなければなりません。日本には頑なに「新卒一括採用、終身雇用を守りながらダイバーシティを推進します」とおっしゃる方もいますが、それは無理なことです。 評価制度の見直しも必要ですが日本の会社は一律評価ですし、本当に多様な人を採用したいのであれば働き方も多様にする必要があります。ところが、新型コロナウイルス感染症が流行する前は変化がありませんでした。働き方を変えるにはDXが不可欠ですが、そのDXもやってこなかったと。つまり、ダイバーシティやイノベーションだけに取り組むことは最大の悪手であり、全体を変えるコーポレートトランスフォーメーションがとにかく重要なのです。
DXを推進するうえで経路依存性を破壊していくためには、デジタル領域のトップが人事のトップも兼任すべきだと私個人としては考えています。なぜなら、本気のDX推進は働き方も採用の仕方も異なり、どこかで必ず人事とぶつかるからです。これは一見すると極論ですが、私の周りでデジタルをうまく取り入れている会社は、意外とデジタル領域の方が人事も兼任しています。
DXのもたらす二つの大きな可能性
DXがもたらす可能性をあえて学者っぽく表現すると、下図の2つしかないと私は考えています。今後の社会は言うまでもなく不確実性が高いため、どんどんイノベーションを起こさなければ企業価値が上がりません。そのための手法にデジタルがあることは、間違いないでしょう。
イノベーションを生み出すためには、アイデアが必要です。そして、新しいアイデアを生み出すカギとなるのは、知と知の組み合わせです。ヨーゼフ・シュンペーター氏はこのことを、90年前からニューコンビネーションで言っています。しかし、人間の認知には限界があるため、どうしても目の前のものしか組み合わせられません。大抵の人は同じ業界に何十年もいますし、新卒一括採用によって同じような人に囲まれるので、その長いキャリアのなかでも目の前の知と知の組み合わせに終わってしまうのです。これがイノベーションが起きない原因です。
それを乗り越えるには、なるべく遠くの地を幅広く見て、関係ないもの同士を組み合わせる「知の探索」と、儲かりそうだと思ったらそれを徹底的に効率化して深掘る「知の深化」が求められます。
探索と進化が高いレベルでバランス良くできる企業、組織経営者がイノベーションを起こせる確率が高いことは、世界の経営学において学者のコンセンサスがほぼ取れています。私はこれを「両利きの経営」と名付けました。
ただ、会社というのは放っておくと、知の深化に偏ってしまいます。知の探索は言うのは簡単でも実際には大変なことで、時間も人もお金もかかるからです。さらに言えば知の探索には失敗も多いので、ムダに見えてしまうのです。結果、会社は知の深化しかしなくなります。多少儲かりはするので一見悪いことではありませんが、長い目で見た場合には、その行動がイノベーションに不可欠な知の探索をおざなりにします。

そのため、いま日本中の企業ではイノベーションが起きず、業績が上がっていないのです。上のグラフでいえば、どうにかして横に寝ている線を縦に起こさなければならないということになります。もちろん儲ける必要があるため知の深化は大事ですが、同時に知の探索をすることが重要であり、そのためにデジタルがあるというのが私の理解です。
デジタルを知の探索の手段に
昨今はデジタルという手段によって、いままでは取れなかった遠くの知見も、私たちの認知を超えて取れるようになってきています。一方で、人間が現場に行ってモノを見ることも当然ながら今後も大切です。昨今はデジタルとAIがあるので、それをうまく使いましょうという流れですね。
知の探索は実行に大きなハードルがありますが、これは人間にしかできないことです。一方で、知の深化は圧倒的にデジタルが得意とする分野ですが、これまでは皆さんの会社の社員がそこに多くの時間を費やしてこられたはずです。今後は知の深化を徹底的にデジタルで代替していくことで、人の工数を知の探索に振りましょうということです。

周知のとおりChatGPTは無難なことを言うのが得意なのであって、意外なことは言えません。仮に言ったところで試すことはできず、責任ももてないので、恐れるに足らない存在です。これは非常に重要なことです。たとえば、「あなたはこのプロジェクトで、なぜこんな行動をとったのか?」と叱責されたときに、「ChatGPTに言われたので」とはならず、自分が責任をとりますよね。日本は責任の所在がハッキリしないことも少なくありませんが、今後の人間の仕事は責任をとることなのです。
ここで言う責任とは、解雇するということではなく、「このようにチャレンジした結果、ここの仮説が間違っていました。このように直せばできるので、もう一度やらせてください」といった説明責任です。こういったことができる人材を育てることもまた、デジタルの採用と一緒に不可欠なものですね。
日本には現場が強い会社が多くありますが、それが逆に多すぎる暗黙知を生み出し、デジタル化ができていないのが現状です。しかし、私は現場が強い会社がデジタルと組むことが日本の完全な勝ち筋だと思っているので、ぜひいい感じで改革し、イノベーションをどんどん起こしていただければと思っています。
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