生成AIをはじめとするテクノロジーの進化により、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。多くの企業がAI活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいますが、「思うような成果につながらない」「導入したものの現場で十分に活用されない」といった声も少なくありません。
その背景には、AIやデジタル技術そのものではなく、それらを活用する人材や組織の硬直化が見えてきました。では、テクノロジーの効力を最大限に引き出すための組織づくりとは、どんなものなのでしょうか。
今回は、ZooKeep株式会社の青木岳彦氏による講演から、AI時代に求められる組織の姿と、その実現に向けた人材・組織改革について、実際の企業事例を交えながら紹介します。
※本記事は、2026年7月14日(火)にマクニカが開催した「Executive Knowledge Sharing Forum ~生成AI時代を生き抜く人材戦略と組織変革~」での講演を基に作成したものです。
INDEX
【講演者情報】
ZooKeep株式会社
経営人事コンサルティング責任者/ストラテジックアドバイザー
青木岳彦氏
イントロダクション: DXはあくまでスタート地点。自社はどのフェーズにあるか
本編の理解を深めるため、DXから始まる4つのステージについて、マクニカ・イノベーション戦略事業本部・佐藤より会場に提起がありました。まずは自社がどのフェーズにあるかを確認してみましょう――
「DX」という言葉は広く浸透しましたが、現在は、その先にあるAX(AI Transformation)、IX(Innovation Transformation)、さらにはBX(Business Transformation)へと議論が広がっています。DX、AXをなし得た企業は、その土台を元にIX(企業の知能化)を実装していきます。その最終目的はBX(ビジネスモデルの変革)による新しい価値提供と企業の成長です。
一方、その実現を妨げる要因が、従来型の組織やマネジメントにあるのではないかと指摘されるようになりました。そこで本編では、DXからBXへの進化と並行して行われるべき組織づくりについて、米国における工場立ち上げの事例を交えた、実践的なお話をしていただきます。
様々なX(transformation)の土台となるOXとLX
改めまして、ZooKeepの青木です。私たちは日本企業に対し、人事戦略やタレントマネジメントによる事業成長や企業価値の向上を支援している会社です。今回はコンサルティング担当として、テクノロジーそのものの話ではなく、長年、人事の現場で経験してきた立場からお話ししたいと思います。
私は1981年にブリヂストンへ入社し、そのうち15年間は米国でグローバル人事に携わりました。その後も国内外の製造・リテール業界で人事責任者を務めますが、時代背景もあり、グローバル化や事業変革の現場に数多く立ち会ってきました。
40年以上に及ぶHR領域での経験から言えるのは、事業変革の土台には、必ず組織マネジメントの改革が求められるということです。
さまざまなX(Transformation)を支える土台としてのOX(Organization Transformation:組織変革)とLX(Leadership Transformation:リーダーシップ変革)について、掘り下げて見ていこうと思います。
テクノロジーの進化は自由化の歴史である
まず、いま現在の組織変革を促す大きな要因を考えたときに、情報環境の劇的な変化が挙げられます。
かつて情報は、管理職や経営層が保有するものでした。しかしメールやインターネット、スマートフォン、SNS、クラウド、Web会議、そして生成AIの登場によって、誰もが必要な情報へアクセスし、高度な知識やノウハウを得られるようになりました。
情報が一部の管理者だけのものではなくなった現在、従来の「管理する組織」は次第に機能しにくくなっています。現場の社員が状況を把握し、自ら判断し、AIも活用しながら最適な意思決定を行う――そのような働き方が求められるようになったからです。
ただし、これらの変化が即ち自律した組織に結び付くわけではありません。テクノロジーによる自由化に即した、新たな組織マネジメントが必要になります。
管理型組織からチーム型組織への転換
では、テクノロジーによる自由化が進められた現場で求められる組織とは、どんなものでしょうか。
従来型の組織では、マネジメント層が情報と権限を持ち、細かなルールや手続きによって組織を統制していました。意思決定は役職に応じて行われ、組織は階層化されます。部門ごとの最適化を重ねることが、高度経済成長期における効率的な経営を可能にしていました。
しかし、市場環境が急速に変化する現在、この仕組みだけでは十分な競争力を維持できません。そこで求められるのが、チームベースの組織です。
チームベースの組織において、主体となるのはマネジメントではなく顧客です。情報は広く共有され、現場に近いところで意思決定が行われます。規則ではなく、企業の理念や価値観を判断基準とし、社員一人ひとりが高い当事者意識を持ちながらチームとして成果を追求します。組織もよりフラットになり、継続的な価値創造につながることが期待されます。
AI時代に競争力を高める企業では、このような自律的な組織づくりが共通したテーマとなっていますが、実はこの考え方は決して新しいものではありません。
1990年代から米国で研究・実践が進められてきたものであり、現在のGoogleやNetflixなどが重視する組織運営にも通じる考え方です。テクノロジーが進化した今だからこそ、その価値が改めて見直されていると言えるでしょう。
組織変革の実例:ブリヂストンのケース
「チームベースの組織」が重要であることを理解した上で、実際にどう実現すればよいのか――。その具体例として、1997年にブリヂストンが米国サウスカロライナ州で立ち上げた新工場のケースをお話しします。
このプロジェクトには、「北米で最も生産性が高く、最も低コストな工場を実現する」という明確なミッションが与えられていました。しかも、その立ち上げ期間は従来の約3分の1という極めて短いスケジュールです。単に最新設備を導入するだけではなく、「どのような組織をつくるか」が成功の鍵になると考えられました。
そこで私は人事部門の責任者として、工場長と2人で立ち上げから参画することになりました。設備や生産技術だけでなく、「人が成果を生み出す仕組み」まで含めて工場全体を設計する。人を中心に置いた、当時としてユニークな取り組みだったと思います。
組織設計の出発点は「顧客が最上位」という考え方
プロジェクトで最初に行われたのは、新工場を率いる幹部メンバーが「どのような工場を目指すのか」を徹底的に議論することでした。そこで導き出された答えは、「最も重要なのは顧客であり、顧客価値を生み出している現場こそが組織の中心である」という考え方です。この考え方に基づき、組織図も一般的なピラミッド型とは異なる構造になりました。
工場長や管理部門は組織の頂点に立つのではなく、現場で働くチームを支援する役割を担う。人事やIT、経理などの管理部門は「サービスリーダー」に位置付けられ、生産現場が最大限の力を発揮できるよう“支援する存在”として設計されました。
管理するための組織ではなく、「価値を生み出す現場を支える組織」へ――。この発想の転換が、すべての施策の出発点となりました。
工場レイアウト:働く環境のマネジメントで組織文化を醸成する
組織変革は、制度だけでは実現できません。「中心は価値を生み出す現場である」というメッセージは、建物のレイアウトからも感じ取れるよう意識しました。
例えば、人事担当者や技術スタッフは現場とは別室で仕事をするのではなく、生産チームと同じエリアに席を置きます。従業員が休憩するスペースのすぐ近くで業務を行うことで、日常的な対話が生まれる環境を整えました。
また、工場への入口は管理職も現場社員も共通です。工場長の執務室はエントランス近くに配置され、誰でも気軽に相談できるよう工夫されました。さらに、駐車場も役職による区別は設けず、「早く来た人から自由に利用できる」というルールを採用しました。
一見すると小さな工夫ですが、こうした積み重ねが「立場に関係なく尊重される組織」というメッセージを日々発信し続けることになります。組織文化は制度だけではなく、職場環境や日常の体験によって形成されるというのが、工場運営の一番大事なポリシーとなっています。
人事や教育の輪番制:現場に権限を委ね、自律的なチームづくりへ
組織改革の中心に据えたのが、「チームコンセプト」と呼ばれる運営方式です。
一般的な工場では、班長や監督者が生産管理や品質管理、教育、安全管理などを担います。しかし、この工場では、そうした役割を現場メンバー自身が分担し、ローテーションで担当しました。リーダーの役割は指示を出すことではなく、チームが円滑に機能するよう支援することです。
現場のメンバー一人ひとりが、生産だけではなく品質や安全、教育にも責任を持つことで、「自分たちで工場を運営する」という当事者意識が育まれていきました。
AI時代にも、この考え方は重要です。AIが定型業務を担うようになるほど、人に求められるのは、状況を判断し、改善策を考え、チームとして成果を上げる能力です。現場が自ら考え、自律的に行動できる組織でなければ、AIを十分に活用することはできないでしょう。
リザルト・シェアリング:評価制度も「チームで成果を出す」ことを重視
組織の仕組みを変えるだけでは、人の行動は変わりません。そこで導入されたのが、成果をチーム全体で分かち合う「RS(Result Sharing)」の評価制度です。
これは、生産量や品質などの成果に応じてインセンティブを受け取る方式で、現場だけでなく工場長を含めた全従業員に同じプログラムを適用しました。成果は2週間ごとに評価され、その結果は全従業員へ共有されます(画像は当時配布されていたリーフレット)。
工場全体のミッションとして掲げられた言葉は、「Make Money」。「良い製品をつくり、みんなで利益を生み出そう」というシンプルなメッセージを共有することで、企業の目標と社員一人ひとりの成果を結び付けました。評価制度もまた、個人競争ではなくチームによる価値創造を後押しする重要な仕組みとして設計したのです。
採用・育成も「自律的に学び続ける人材」を前提に設計
こうしたチームベースの組織を機能させるには、人材に求める考え方も変わってきます。
採用においては「経験」や「スキル」だけを重視するのではなく、「価値観を共有し、チームの中で意欲的に行動できるか」という姿勢を重視しました。「Attitude Based Hiring(姿勢を重視した採用)」と呼んでいましたが、これは、経験は入社後に身に付けられるものの、協働する姿勢や主体性は短期間では変えにくいという考え方に基づいています。
また、育成においては「「Just in Time Training」を採用しました。必要になったタイミングで、必要な知識を学ぶ仕組みを整えることで、学習した内容をすぐに現場で実践できます。実践と学習を繰り返すことで知識は定着しやすくなり、社員自身も学び続ける習慣を身に付けられます。
従来型の教育では、「いつか必要になるかもしれない知識」をまとめて教えるケースが少なくありません。しかし、変化の速い時代では、知識はすぐに陳腐化してしまいます。テクノロジーの進化によって必要なスキルが短期間で変化する現在、この考え方はますます重要になっています。
AI時代のリーダーに求められる役割とは
チームベースの組織では、リーダーの役割も大きく変わります。従来の組織では、リーダーは「指示を出し、管理する存在」と考えられてきました。意思決定はトップダウンで行われ、現場では決められた手順を確実に実行することが重視されます。
しかし、自律的な組織では、リーダーは「支援者」としての役割を担います。重要なのは、「どのようにやるか(How)」を細かく指示することではなく、「何を目指すのか(What)」を明確に示すこと。目的を共有したうえで、具体的な方法は現場のチームが主体的に考えます。
そうすると、リーダーが現場を訪れる目的も変わってきますよね。ルールが守られているかの確認ではなく、「自分に何ができるか」という支援の視点がおのずと入ることになるのです。
企業の透明性という部分でも、トップダウンの組織とは異なるアプローチが必要となります。例えばミスが発生したときも、個人の責任追及ではなく、組織全体の学習機会として捉える姿勢が重要です。心理的安全性が確保された環境では、現場は問題を隠さず共有しやすくなります。その結果、課題の早期発見や改善活動が促進され、組織全体の成長につながるのです。
AI時代のリーダーに求められるのは、「優秀な管理者」ではなく、「チームが能力を発揮できる環境を整えるファシリテーター」と言えるでしょう。
おわりに:AI時代の競争力は「人と組織」が決める
生成AIの進化によって、多くの業務は今後さらに自動化されていきます。しかし、企業の競争優位を決めるのは、AIそのものではありません。AIを活用しながら、新しい価値を生み出せる組織をつくれるかどうか。その鍵を握るのは、人材育成や組織文化、そしてリーダーシップです。
講演の最後には、「チームベースの組織」や「支援型リーダーシップ」の考え方は30年近く前から存在するものの、日本企業では依然として十分に浸透しているとは言えないと指摘されました。一方で、GoogleやNetflixをはじめとする先進企業の組織運営を見ると、その本質は現在でも変わっていません。テクノロジーが進化した今だからこそ、こうした組織のあり方が改めて重要になっているのです。
AIを導入することは、もはや競争力の源泉ではありません。AIを使いこなし、現場が自律的に判断し、学び続けられる組織を構築できる企業こそが、これからの時代に持続的な成長を実現する――そう感じられる講演でした。