アイ開口を狭くする要因

アイ開口を狭くする最も支配的な要因は、線路損失に基因する線路の周波数特性です。『線路損失と波形』で損失についての基本について述べましたが、『高速シリアル信号の波形』の 図2 の周波数特性に示すように、高域になると極めて急峻に減衰する特性がアイ開口に強く影響を及ぼします。

その周波数特性のために、『高速シリアル信号の波形』の 図4 に示すように、線路を伝搬したステップ応答がいつまでも飽和値に達しません。すなわち、振幅が伝送するパルス幅に依存します。通常用いられる NRZ (Non-Return-to-Zero) の場合、パルス幅は連続した同一の符号の数に比例します。

したがって、図1 に示すように、長い同一の符号(図1 の例では 7個のロー)が連続した後の次の符号レベル(図1 ではハイ)に変化する場合と、ハイ・ローの繰り返しのときの次の符号レベルに変化する場合とではゼロクロスのタイミングが異なります。

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図1 同一符号の連続によるゼロクロスのタイミングの違い

図1 の例では、7個のローの連続からハイに変化するときのゼロクロスの遅延が 167 ps であるのに対し、ハイ・ローの繰り返しの場合には、最小は 119 ps で、これだけでも最大値と最小値との差が 48 ps となります。

このタイミングのずれがジッタとなり、アイを狭くする要因となります。本コラムの『高速シリアル信号の波形』の 図6、図7 および 図8 も参照ください。

アイ開口を広くするための対策技術 (1) - イコライザ

上述の第一の要因の線路の急激に減衰する周波数特性に対して、それを補正すればよいことは容易に想像できます。図2(a) のように、1.25 GHz で 3 dB の強調補正を行った場合のアイの変化を 図2(b) および 図2(c) に示します。この操作をイコライザ(Equalizer)といい、レシーバ側に組み込まれます。

この分野で使用される IC は SerDes (Serializer/Deserializer) と呼ばれますが、高速のディジタルプロセスを用いているので、図2(a) のような処理はあまり得意ではありません。実際の回路は各社とも公表していませんが、ディジタルフィルタのような遅延と加減算の組み合わせを用いるとアナログ処理よりも容易に精度よく実現できるので、たぶんこのような方式を用いていると推測します。

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図2 (a) 周波数の強調補正
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図2 (b) 強調補正する前の時間応答とアイパターン
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図2 (c) 強調補正した後の時間応答とアイパターン

アイ開口を広くするための対策技術 (2) - プリ・エンファシス

前に述べたように長い連続符号がアイを狭くする要因ならば、図3(a) のように同じ符号が連続する場合に振幅を低下させると受信側での振幅の増大を防ぐことができます。

これは、符号の変化をあらかじめ強調する操作なので、プリ・エンファシス(Pre-Emphasis)といいます。「Pre」とは「あらかじめ」、「Emphasis」は「強調」という意味です。

余談ですが、実はこの操作は昔から、ラジオの AM や FM の放送波の送信時や音声などの録音時にノイズ成分の多い高音部分の信号を強調、すなわち、プリ・エンファシスする操作として知られています。 放送波の受信時や音声再生時に、その逆の操作を行って、トータルで平坦な特性に戻すことをディ・エンファシス(De-Emphasis)といいます。

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図3 (a) 同じ符号が連続する際に振幅を低下させる

図3(b) はプリ・エンファシス適用前の時間応答とアイ・パターンで、図3(c) は適用後です。プリ・エンファシスによって、時間応答は波形にめりはりがつき、アイ開口が広くなることがわかります。

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図3 (b) プリ・エンファシス適用前
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図3 (c) プリ・エンファシス適用後

アイ開口を広くするための対策技術 (3) - エンコード

前に述べたように、長い連続符号がジッタの要因となるので、同一符号が連続する場合に連続を避けた別の符号に置き換える方法、すなわちエンコードを用います。最も多用されるエンコードが 8B/10B で、8ビットのデータをあらかじめ決められたテーブルに基づいて 10ビットに変換します。

8B/10B の場合、同一符号の連続は最大 5 に抑えられます。このエンコードにより、信号の中にクロックを埋め込むことが可能となり、エラー検出も可能となるので、高速シリアル伝送では必須の技術です。
8B/10B は、8ビットのデータを 10ビットに変換するので、例えば 2.5 Gbps は 3.125 Gbps と当然ビットレートは 1.25 倍に増加しますが、アイ開口はむしろ広がります。

図4は、2.5 Gbps の疑似ランダム信号と同じ符号が 126個続いた場合の擬似的な孤立波(デューティ 1/127)とを重ねたアイ・パターンと、8B/10B を適用したとき(転送速度は 1.25 倍の 3.125 Gbps)のアイを比較し、孤立波と 8B/10B 適用後のアイを重ねて示したものです(脚注1)。

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図4 8B/10Bの適用

転送速度が 1.25 倍になったにもかかわらず、アイは狭くなっていないことに着目してください。8B/10B 以外にも 128B/130B などの符号化方式があります。

脚注1
8B/10B 適用前は 2.5 Gbps で、基本周期(UI:Unit Interval)は 400 ps、適用後は 3.125 Gbps で UI は320 ps であるため、アイを重ねるときには時間軸を UI としています。

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