高圧線

唐突ですが、家庭の電力は一般的に 100 V です。しかし、発電所から一般家庭までずっと 100 V という訳ではありません。途中で高い電圧(22 kV から100万 V のものもある)で遠い距離を送り、変電所で低い電圧に変換して家庭まで配ります。なぜ高い電圧にするか、同じエネルギーを送るために、電圧を高くしてその分電流を小さくしたほうが抵抗による損失を低く抑えることができることはご存じのとおりです。ただ、長い距離を送る高圧線(架空送電線といいます)が、一般的に鋼線の周りにアルミニウム線を巻き付けた構造になっていることはそれほど知られていません。なぜこのような構造にするか、一つにはアルミだけでは強度が保てないからですが、もう一つの重要な理由は、導体の中心付近には電流が流れにくい、すなわち、電流は導体表面に集中して流れるために、電流を流すためのアルミは鋼線の周りにだけ配置しているのです。このことを「表皮効果」といいます。

電力の場合の 50 Hz や 60 Hz では、表面の電流密度に比べて表面から 1 cm の深さでは電流密度は 37 % にも低下します。37 % とは何の数字か、自然対数の底の e の逆数、すなわち exp(-1) のことです。電流密度が導体表面の 37 % に低減する深さのことを表皮の深さ(Skin Depth)といいます。

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図1 電流密度(表面層)

図1 は、プリント配線板の表面層の電流密度が表面と内部とで変化する様子を模式的に表したものです。

表皮効果

表皮の深さは周波数の平方根に反比例します。50 Hz で 1 cm ということは、1 GHz ではそのおよそ 5,000 分の 1 で 2 um です。ボードの配線パターンの厚みは、表面層で 40 um、中間層で 18 um 程度ですから、高周波電流はほんの表面だけしか流れていません。

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図2 パルス幅を変えたときの損失線路の時間応答

100 um 幅、40 um 厚のボードの配線パターンの直流抵抗は 4 Ω/m 程度ですが、表皮効果の影響で 1 GHz では 40 um/2 um、すなわち 20 倍なので、80 Ω/m にもなります。周波数によって抵抗が変わるということは、高い周波数成分が伝搬しにくくなるために、波形がなまってきます。急峻な立ち上がりがなだらかな立ち上がりとなって伝わり、高速なデータが送りにくくなってきます。その結果、図2 に示すように、幅の広いパルス波形、すなわち、遅い転送速度のデータはフル振幅まで送れますが、狭いパルス幅のパルス信号は振幅が小さくなってしまいます。

高速データ転送では、NRZ (Non Return to Zero) という方式がよく用いられます。

論理 "1" がハイレベル、論理 "0" がローレベルで送られるので、同じ論理を連続して送る場合には広いパルス幅となり、毎回異なる論理を送る場合には狭いパルス幅の繰り返しになります。同じ論理が続いて、一つだけ反対の論理を送り、すぐに元の論理に戻るような場合、例えば、"000010000" のようなデータなら、"0" の連続によってローレベルのフル振幅にまで達したレベルが、瞬間的に "1" のハイレベルとなって、またローレベルに戻る、このような場合には、瞬間的な "1" はハイレベルの途中のレベルまでにしか到達できなくて、極端な場合にはスレッショールドレベルに至らないこともあります。このように、損失が周波数特性を持つということは、高速データ転送の場合に都合の悪い性質です。この損失のことを抵抗損といいます。

誘電損

線路の等価回路は、インダクタとキャパシタで表されます。上に述べた抵抗損は、このインダクタに直列に抵抗が接続された等価回路で表されます。

キャパシタは純粋なキャパシタではなく、漏れ電流が存在します。等価回路で表すと、キャパシタに並列に抵抗が接続された形で表現されます。この抵抗は、コンダクタンスの形で表します(『豆知識:インピーダンスとアドミッタンス』参照)。これを漏れコンダクタンスといい、キャパシタのサセプタンス jωC の絶対値に誘電正接(tanδ)をかけた値です。tanδ(δ:ギリシャ文字小文字のデルタ)は、一般によく使われている FR-4 の場合、0.02 程度です。したがって、コンダクタンスは周波数に比例するので、高い周波数になると損失が大きくなります。

表皮効果による損失は周波数の平方根に比例しますが、漏れコンダクタンスによる損失(誘電損といいます)は周波数に比例するので、より高速になったときに顕在化してきます。

損失の周波数特性と対策

図3は、抵抗損と誘電損とを周波数に対して表したものです。比較的低い周波数では周波数の平方根に比例する抵抗損が支配的ですが、ある周波数から周波数に比例する誘電損が支配的となりますので、損失が急激に増加します。抵抗損に比べて、周波数に対する影響(図の直線の傾き)が倍になるので、その対策も急がれます。

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図3 ボードの損失(周波数)

抵抗損の対策は、パターンの導体幅を広くすることです。100 um → 200 um と倍にすると、損失は 6 dB 減少します。この対策は、パターン密度を低下させることと、インピーダンスが低くなるのでそれほど自由には選択できません。誘電損の対策は、tanδ の小さな材料、すなわち、低誘電損材料を選ぶことです。一般的な FR-4 の 0.02 の 1/4 の 0.005 程度のものが実用化されています。技術的には低誘電損材料を用いることに対する課題はないですが、コストが高くなることを考慮する必要があります。

これらの損失による波形乱れに対してはドライバ側にプリエンファシスを入れたり、レシーバ側にイコライザを入れたりすることが行われます。いずれも高域での減衰を補うような補正を行うことがその原理です。

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