線路損失が周波数特性を持つので、波形がなまってくることは 『高速シリアル伝送』 および 『線路損失と波形』 で何となくおわかりになったと思いますが、ここではもう少し詳しく述べることにします。

波形のなまり

まず、波形がなまることについて考えます。周波数特性が高域まで伸びていると、波形のなまりが少ないことは容易に想像がつきます。そのために、高価な広帯域のオシロスコープやプローブを使っています。

波形を増幅したり、オシロスコープで観測する場合に、回路図に現れない場合も含めて、図1 (a) のような回路が必ず存在します。

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図1 (a) 一次遅れ回路

この回路を 1次遅れ回路と呼び、その周波数特性は図1 (b) のような最も基本的な低域通過型のフィルタ(Low Pass Filter = LPF)です。

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図1 (b) 周波数特性

この回路にステップ波形を加えたときの時間応答、すなわち、ステップ応答は図1 (c) のようになります。この動作が、ステップ波形を積分したものと似ているので、積分回路といいます(脚注1)。

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図1 (c) ステップ応答

この回路の C と R との積を時定数 τ(τ:ギリシャ文字小文字のタウ)といいますが、この逆数がカットオフ角周波数です(脚注2)。
図1 は、τ = 0.5 ns の例で、カットオフ角周波数 ω は 2 Grad/s なので、周波数は 2π(π:ギリシャ文字小文字のパイ)で割って、およそ 300 MHz です。τ = 0.5 ns とは、例えば R = 50 Ω とすると C = 10 pF、R = 1 kΩ とすると C = 0.5 pF に相当します。
低域だけを通過させるフィルタは、CR だけではなく、インダクタやキャパシタを用いたり、オペアンプを使うアクティブ・フィルタ(脚注3)などがあります。フィルタの伝達関数をラプラス変換で表したときの次数をフィルタの次数といい、一般に高次になるほど急峻な減衰特性を得ることができます。一様な減衰特性の部分を、1次 LPF では -6 dB/oct(脚注4)といいます。

周波数特性と時間応答

損失線路の応答は周波数が高くなると減衰が大きくなるので広い意味で LPF といえますが、その減衰特性が周波数が高くなるほど急峻になるため、一般の LPF とは応答波形が少し異なります。

 

図2 は、1次 ~ 3次 LPF(

脚注5

)の周波数特性を比較して示します。線路の損失は、特に高域になると減衰の度合いが急峻になることがわかります。



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図2 1~3次 LPF と損失線路の周波数特性

図3 はそれぞれの時間応答です。5 ns のパルス幅に対して、1~3次のフィルタは振幅が飽和していますが、損失線路の応答はまだ振幅が増加しています。

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図3 時間応答

図4 に示すようにパルス幅を 50 ns してもまだ増加を続けています。



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図4 広いパルス幅の時間応答

アイパターン

損失線路の時間応答がいつまでも振幅が飽和しないということは何を意味するかというと、まず、伝送するデータの '0'(または '1'、以下同様)がずっと連続すると振幅は '0' の論理振幅の最大値に漸近するということです。送りたいデータは、基本的には '0' と '1' とがランダムに存在するので、連続した '0' の直後に '1' が 1つだけ送られると、'0' の底から '1' に向かっていくので、スレッショールド電圧(この場合は 0)にかなり遅れて達するか、スレッショールド電圧を超えない場合などがあります。
図5 は '0' が 40 ns 続いた後に、10 ns の '1' を送った例です。スレッショールド電圧の 0 を横切る時刻は、5 ns 付近です。したがって、5 ns よりも小さなパルス幅だとスレッショールド電圧に達しないことがわかります。連続した '0' の数は、一般的なデータ伝送では決まっていません。したがって、伝送するデータパターンによって、スレッショールド電圧を横切る時刻が異なることがわかります。

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図5 '0' が続いた後の '1'

図6 に損失線路の波形の特長をまとめて示しました。



(A) 上述のように、同じ論理の連続で論理振幅のフルスケールに漸近している例

 

(B) 前の論理の連続によってスレッショールドに達する時刻が伸びる例

 

(C) (B) の影響が長く続くので、'0' と '1' の連続波形でも、それ以前の論理の影響が残っている例



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図6 損失線路の伝送波形の特徴

この波形を、基本周期(UI:Unit Interval)で重ねたものがアイパターンです。

図7 にアイパターンの作成工程を示します。このアイパターンを作成する元の信号にはできるだけランダムな信号を含まないことが求められますが、対象となる時間は有限なので、疑似ランダム信号(PRBS:Pseudo Random Binary Sequence)を用います(脚注6)。

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図7 アイパターン作成工程

図8 (a) に PRBS4 の例、図8 (b) に PRBS8 の例を示します。PRBS の n が小さいとアイパターンの評価が不十分なので、実際には n = 23 などの大きな値が用いられます。

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図8 (a) 損失線路 PRBS 4の例
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図8 (b) 損失線路 PRBS 8の例

脚注1
元々、アナログ・コンピュータの用語で、加減算や乗除算、微分・積分をアナログで行っていたときの名残です。この演算を行う増幅回路を演算増幅器(オペレーショナル・アンプリファイア、オペアンプ:OP-Amp)と呼んでいました。

脚注2


角周波数とは周波数を回転と考えたときの回転速度のことをいい、2π × 周波数 で表されます。単位はラジアン/秒(rad/s)です。周波数そのものを用いると、常に 2π が現れるので、通常は周波数の代わりに角周波数を用います。

脚注3
オペアンプの帰還回路によって、フィルタを構成したもので、高次のフィルタも容易に実現できます。

脚注4
-6 dB は 1/2 です。分母の「oct」とは音楽用語のオクターブ(Octave)で、8度音程すなわち周波数が倍のことです。-6 dB/oct とは、周波数が倍になると振幅が半分になることを意味します。2次のフィルタではその倍の-12 dB/oct、n 次なら -6n dB/oct と急峻な減衰特性となります。

脚注5
このフィルタは波形乱れが最も少ない、線形位相応答のベッセル(Bessel)フィルタです。このほかに、最大平坦特性のバターワース(Butterworth)フィルタ、急峻カットオフ特性のチェビシェフ(Chebyshev)フィルタなどがあり、それぞれの目的に応じて使い分けています。損失線路の特性は、低周波から漸減しますが、ここでは、0.1 GHz(100MHz)を基準(0 dB)としています。

脚注6
疑似ランダムの周期は 2 の n 乗マイナス 1 であり、PRBS4 は周期 15、PRBS8 は 255 の周期で疑似ランダム信号が繰り返します。

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