かなり以前から、クロストーク係数として、近端は、バックワード・クロストーク係数 Kb、遠端は、フォーワード・クロストーク係数 Kf という定義がありました。

バックワード・クロストーク係数 Kb(近端)

近端クロストークは、図1 に示すように、まず、加害者線路の信号の立ち上がりのタイミングで、クロストーク係数に依存したクロストークが生じます。その後、遠端から戻ってきた逆方向のクロストークによって、最初のクロストークが上書きされて消され、信号の往復時間に相当するパルス幅のクロストークとなります。「バックワード」という用語は、この、戻ってくる逆方向のクロストークを意味するものと考えますが、何となくすっきりしない定義です。この戻ってくるクロストークは、遠端を整合終端していても戻ってくるので、反射とは異なります。このことについては、別の機会に述べることとします。

近端が整合終端されている場合、クロストークの振幅と加害者信号の振幅との比が Kb です。Kb と、前回述べた、基礎クロストーク係数 ξ は、Kb=ξ/2 の関係があります。

以前のコラム『クロストーク係数の正体』も参照ください。

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図1 バックワード・クロストーク

フォーワード・クロストーク係数 Kf(遠端)

これは文字どおり順方向に進む信号により遠端に生じるクロストークの係数です。



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図2 結合線路の2つのモード

以前に、近端クロストークを重ね合わせ(重畳の理)で求めましたが、図2 のコモンモードとディファレンシャル・モードを重ね合わせると、図3 のように、線路1 に振幅1 の信号を、線路2 には何も加えない状態を求めることができます。遠端の電圧は、図2 で求めた vC と vD との差となります。ここで、R=√(ZC×ZD) に選ぶと遠端クロストークはゼロになります。(脚注1

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図3 2つのモードの重ね合わせ

ところが、コモンとディファレンシャルそれぞれのモードは、遅延時間が異なります。(脚注2

したがって、遠端には、まずディファレンシャル・モードの信号が到達して、それからコモン・モードの信号が到達します。それぞれのモードの遅延時間を、コモンを τC、ディファレンシャルを τD とします。(τ:ギリシャ文字小文字のタウ)

信号の立ち上がり時間 tr が τC と τD との差 τC-τD より小さいとき、遠端クロストークは、1/4 となります。(脚注3



tr が τC-τD より大きい場合には、Kf は、τC-τD に比例し、信号の立ち上がり時間に反比例します。これを詳しく計算すると、図4 に示すように Kf は、線路の遅延時間 τ に比例し、信号の立ち上がり時間に反比例します。その係数は、(Lm/L+Cm/C)/4 となります。ここで、Cm<0 なので、( )内は引き算であることに注意してください。



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図4 遠端クロストーク

脚注1
この条件を満たす終端抵抗を、ハイパボーラ(Hyperbola)終端といいます。この場合のような両終端はその特殊な例です。詳しくは下記文献を参照ください。



脚注2
例えば、コモンが 6.7ns/m でディファレンシャルが 6.4ns/m 程度の違いがあります。これはボードの表面層の場合で、中間層では遅延時間の差はありません。したがって、中間層の場合には、ここで述べる遠端クロストークは生じません。実際には、中間層でも遠端クロストークが生じます。このことについては別の機会に述べます。



脚注3
クロストーク係数にかかわらず、遠端クロストークが 1/4 になるということは興味深いですが、配線長 10cm の実使用では、τC と τD との差は 30ps 程度なので、tr<τC-τD が成立することはあまりないでしょう。



参考文献
重ね合わせによるクロストークの求め方

 

周 英明 : 「プリント回路におけるクロストーク」 p.37, EMC1990.2.5 / p.28, EMC1990.3.5 / p.61,EMC1990.4.5

 

ハイパボーラ終端

 

碓井有三 :

ボード設計者のための分布定数回路のすべて(第3版)

自費出版, pp. 124-130, 2016

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