絶縁トランス

商用電源から電子回路用の電源を得るには、感電を防ぐために商用電源から絶縁する必要があります。絶縁してエネルギーを伝える方法としては、通常はトランスを用います。

トランスのサイズはおおざっぱにいうと、電力に比例し、周波数に反比例するので、50 Hz や 60 Hz の商用周波数で大電力を扱う場合には、大きなトランスが必要となります。したがって、小型化のためには周波数を高くする必要があります。

最も身近な AC-DC 変換回路は、携帯電話やデジカメの充電用の AC アダプタです。ひと昔よりもう少し前の AC アダプタと最新のものとを比較すると、そのサイズが格段に小さく、軽くなっていることにお気づきのことと思います。

AC-DC 変換回路の小型化

AC-DC 変換回路のサイズは、トランスによって支配されます。トランスのサイズは主に、周波数と電力によって、さらには巻線を巻くコア材の材質も影響します。

トランスは 図1 に示すように、コア材(磁性体)に銅線を巻いて 1次側巻線とし、同じコアに別の銅線を巻いて 2次側巻線とします。このそれぞれの巻数の比が、1次側と 2次側との電圧の比になります。

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図1 トランス

トランスに用いるコア材の特性を、図2 に模式的に示します。横軸は流す電流と巻数の積で決まる磁界 H(単位:A/m)で、縦軸は磁界によって生じる磁束密度 B(単位:T(Tesla))(脚注1)です。

磁束密度は磁界を大きくすると、ある値(飽和磁束密度)に収束します。磁界が増加する向きと、逆方向に増加する向きとで軌跡が異なります。

この特性をヒステリシス(Hysteresis)特性(脚注2)、あるいは履歴効果またはヒステリシス・ループといいます。磁界の変化が小さな場合には、もう少し小さなヒステリシス・ループ(マイナー・ループ)を描きます。

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図2 コアのB-H特性

扱う電力が大きいと、巻線の電流が大きくなる → 磁界が大きくなる → 磁束が大きくなる というように大きな磁束の変化が必要になります。磁束は 磁束密度 × 断面積 なので、電力が大きくなるとコアのサイズを大きく選ぶ必要があります。

巻線の両端の電圧 v は磁束の時間微分で表されます。磁束はコアの断面積と巻数および周波数に比例するので、周波数が高くなるとコアの断面積を小さく、巻数を少なくできます。

かなり以前の AC-DC 変換回路は商用電源をそのまま用いていたので、小型化には限界がありました。1990年頃から半導体の高速化と回路の工夫により、交流を直接整流・平滑して得た 100 V 程度の直流電圧を高周波の交流(矩形波)に変換してトランスによって降圧し、その後、整流・平滑する方式に変わってきました。さらに、高周波化によって、平滑用のインダクタやキャパシタも小さくできます。これらにより、AC-DC 変換回路が飛躍的に小型化されてきました。

AC-DC 変換回路の損失

上に述べたように、高周波化により小型化できるなら、現在より周波数を上げればさらに小型化が可能になりそうですが、実際には損失の特性により最適値が存在します。

AC-DC 変換回路の損失は、2つに大別されます。

1つは、巻線の抵抗による損失です。巻線は銅を用いているので「銅損」と呼んでいます。周波数が低いと巻数が多くなるので、全体の抵抗が大きくなります。高周波化によって銅損は減少します。(脚注3

もう1つの損失は、コアに生じるヒステリシスに起因するヒステリシス損と渦電流損(脚注4)で、上記銅損に対して「鉄損」といいます。ヒステリシス損は、図2 のコアのヒステリシス特性に起因するものです。ヒステリシス損は周波数に比例し、渦電流損は周波数の 2乗に比例するため、周波数が高くなると鉄損は増加します。

上記の銅損と鉄損は古典的なトランスの損失ですが、スイッチング方式には上記 2つの損失に加えてさらに回路のスイッチングに起因する損失が追加されます。この損失は、周波数が高いほど大きくなります。
実際の回路では、小型化と効率の要求の両方を加味して、さらにはコストも考慮して周波数を決めており、数 100 kHz ~ 数 MHz が多用されています。

脚注1
T = Wb/m^-2 Wb:weber、CGS 単位系の G(Gauss)との関係は、10 G =1 T



脚注2
ヒステリシスで有名なものは、電子回路のシュミット・トリガ回路です。



脚注3
周波数が高くなると、銅線の表皮効果も考慮する必要が出てきます。銅の表皮の深さは、1 MHz で 100 um 以下なので、無視できません。



脚注4
磁界の変化に対して、磁性体(一般的には電気の導体)内に渦状の電流が生じます。この電流によって生じる損失を渦電流損といいます。

 

渦電流損を小さく抑えるために、絶縁加工を施した薄い磁性体を重ねてコアを形成したりします。

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