信号配線による波形乱れはなぜ起こるのでしょう。
難しい式を解かないといけないと思っていませんか....?

振動波形の代表である LCR を含んだ回路の過渡現象を解く場合には一般的にはラプラス変換を用いますが、信号配線の反射による波形乱れを求めるのは、実はこれよりも易しいのです。図1 の LCR 回路と 図2 の分布定数回路の計算結果の例を 図3 に示します。この計算は SPICE(スパイス)で解きましたが、式を立てて計算すると LCR 回路は極めて煩雑となります。しかし、分布定数回路の場合は慣れれば電卓だけで計算することができます。

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図1 LCR回路
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図2 分布定数回路

実際の具体的な解き方は別の機会にご紹介しますが、今回は簡単に説明しましょう。

電気信号は光と同じようにほとんど瞬時にドライバからレシーバに伝わります。ただ、瞬時といってもその時間はゼロではなく、10 億分の 1 秒(ns/ナノ秒)のオーダー程度の時間を要します。信号が高速になると、この時間を考慮する必要が生じてきます。ちなみに、1 ns とは光がおよそ 30 cm 進む時間で、電気信号はその半分の 15 cm 程度進みます。電気がなぜ光の半分程度の速度なのかについては『豆知識:電気の伝わる速度』をご覧ください。1 ns の逆数が 1 GHz(ギガヘルツ)です。CPU のクロック周波数が 1 GHz というのは、1 ns ごとにクロックが繰り返されるということです。3 GHz なら 1 ns の間にクロックは 3 つ入ります。そう考えると 1 ns というのは、そんなに短い時間ではないことがお分かりだと思います。超高速の分野では、ns のさらに 1000 分の 1 の 1 兆分の 1 秒(ps/ピコ秒)を用いることもあります。


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図3 過渡応答

もっと身近な例として音の伝わりを考えましょう。人と普通に会話しているときには、相手から自分までの音の遅れは気にしませんが、遠くの音、例えば、雷が光って音が聞こえるまでに時間を要することはよくご存じのとおりです。光は 1 秒間に 30 万キロメートル進むのに対して、音は 1 秒間に 340 メートルしか進まないので、両者には 100 万倍の違いがあり、光は瞬時に届き、音は遅れて届くように感じるわけです。

山びこは数百メートル離れた山から音が跳ね返ってくる現象です。向こうの山までの距離を 500 メートルとすると、山びこが跳ね返って帰ってくるのに 3 秒ほどかかります。
電気でも山びこと同じように信号が跳ね返ります。この跳ね返りのことを反射といいます。ちょうど LCR の回路の振動波形に似ています。振動しながら減衰していくような形です。

電気信号の跳ね返りなので、なるべく跳ね返らないような工夫をすることによって、振動の少ないきれいな波形を得ることができます。この、「きれいな」信号波形を得るための技術を SI、すなわち Signal Integrity といいます。Integrity とは「完全な状態」とか「無欠の状態」という意味の単語です。
先に、ドライバからレシーバに伝わる時間を考える必要があると述べましたが、このような回路を分布定数回路といいます。なぜ分布定数回路というか、そのことについてはまた別の機会に説明しましょう。分布定数回路に対する回路のことを集中定数回路といいます。

電気回路とか一般的な過渡現象とかで習った回路はすべてこの集中定数回路です。
電気信号の跳ね返りを避けるために最も多用されている手法はダンピング抵抗です。例えば、22 Ω(オーム)とか 33 Ω の抵抗を入れます。多くの方にこの抵抗値を選んだ経緯を尋ねると、何となく 22 Ω にしたとか、試作ボードができた時点で実験により最適値を求めるという答えが帰ってきます。たぶん 100 人中 97、8 人の方がこのように答えるでしょう。実はこの抵抗値は極めて簡単な計算により最適値を求めることができます。この連載コラムのどこかでご紹介しますので、お楽しみに。

電気の伝わる速度については、『豆知識:電気の伝わる速度』をご覧ください。

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