本記事では、不揮発性と高速性を両立する次世代メモリー「MRAM」について解説します。
第2章「応用編」では、MRAMの磁場環境における適用性に着目し、その特性や課題、今後の展望について考察します。
第1章、第3章は下記リンクからご覧いただけます。
第1章「基礎編」:MRAMの基本原理や特長、従来メモリーとの違い、用途についてわかりやすく紹介します。
第3章「検証データ編」:磁場環境におけるMRAMの適用性を評価するためにモーターおよびインダクターの磁束密度を実測し、その結果と影響を解説します。
外部磁場環境におけるMRAMの適用性と考察
1. MRAMの外部磁場耐性に関する基本的な考え方
前提として、ルネサスエレクトロニクス株式会社ではMRAM搭載MCUの安全な使用のため、MCU表面における外部磁場の上限を以下のように定めています。
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状態 |
最大外部磁場 |
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動作中(書き込み/読み出し) |
200 ガウス以下 |
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保存時・電源オフ時 |
500 ガウス以下 |
2. 外部磁場の影響が気になる?
MRAMは磁気トンネル接合(MTJ)の磁化状態によってデータを記憶するため、強い外部磁場が加わると、記録状態に影響を受ける可能性があります。
この点だけを見ると「モーターやインダクターの近くでは使えないのでは?」と誤解されがちですが、一般的な産業機器や組込み機器の設計であれば、過度に心配する必要はありません。
3. 実際のモーター・インダクター周辺の磁場はどの程度か
ルネサスエレクトロニクス株式会社は、MRAM搭載MCUが実際のアプリケーション環境で使用できるかを確認するため、モーター、インダクターなどの磁場発生源となる部品を対象に磁束密度の実測調査を行いました。
結論①:モーター周辺の磁場はかなり小さい
永久磁石同期モーター(PMSMモーター)については、小型・大型を問わず、モーター単体や動作中であっても、筐体自体が磁気シールドとして機能しており、外部に漏れる磁場は数ガウス以下という結果になりました。このレベルの磁場では、MRAMの動作やデータ保持に影響はほとんどありません。
これは、漏れ磁場は効率低下の要因となるため、モーターはこれを最小化するよう設計されています。さらに多くの製品では鉄製筐体を用いることで、外部への磁場漏洩がさらに低減されています。
そのため、モーター制御機器やインバーター、産業用PLCといった一般的な構成では、MRAMは問題なく使用できると考えられます。
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モーター |
構造 |
測定された磁場[ガウス] |
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低電圧モーター |
鉄製筐体 |
<2 |
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高電圧モーター |
<2 |
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アウターロータモーター |
樹脂もしくはアルミ筐体 |
<50 |
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軽量モーター |
<30 |
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磁気センサー付きモーター |
外部に磁場の発生源あり |
<2 ※モーター筐体からの漏れ磁束 |
※調査結果の詳細は「次世代メモリーMRAMとは?第3章『検証データ編』」へ
結論②:インダクターによる影響も限定的
電源回路で使用されるインダクターについても調査が行われました。
大電流が流れる場合でも、コアにより磁束が内部に閉じ込められるため、外部に漏れる磁場は非常に小さいという結果になりました。
実測では、ギャップ付きインダクターでも漏れ磁場は最大で約10ガウス程度に留まり、MRAMの動作に影響を与えるレベルではありませんでした。
このため、一般的な電源回路や電力変換回路の近傍でも、MRAMは実用上問題なく使用できると考えられます。
さらに、サガミエレク社製パワーインダクターCVK2522H-5R4Mと、同等のサイズおよびインダクタンス値を持つフェライトコアインダクターについて、コア材質の違いによる2パターンの磁束密度の調査結果も入手しました。このインダクターには共通して以下の特長があります。
・閉磁路構造
・外形寸法が約20mmクラス
・大電流対応のインダクター(CVK2522Hでは直流重畳許容電流(A)が100A)
また、高密度巻線構造により低DCRと大電流対応の両立を図った製品であり、カーオーディオやパワーモジュールなどの大電流を必要とするアプリケーションに適したパワーインダクターです。
このようなパワーインダクターにおいても、100Aの電流を印加した条件下では、CVK2522H(メタルコア)は数mm程度、フェライトコアは約0.5mmの距離を確保することで、磁束密度は200ガウス以下に減衰することが確認されています。
本評価結果は、高電流対応インダクターを用いた回路設計においても、MRAM内蔵MCUを極端に密着させない限り、MRAMの磁場耐性を超えるケースはほとんどないことを示す一例と言えます。
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インダクター |
構造 |
測定された磁場[ガウス] |
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電源回路用インダクター |
閉磁路 |
<1 |
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ギャップ付きコイル |
開磁路 |
<10 |
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パワーインダクター (100A印加時) |
閉磁路 |
数mmの距離確保で <200ガウス |
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パワーインダクター (100A印加時) |
閉磁路 |
0.5mmの距離確保で <200ガウス |
※調査結果の詳細は「次世代メモリーMRAMとは?第3章『検証データ編』」へ
4. 実際のアプリケーションにおける磁場の発生源とMCUの位置関係は?
ルネサスエレクトロニクス株式会社は、実際のアプリケーション構成をもとに、磁場の発生源(モーター、インダクター、磁石など)と制御用MCUの配置関係を確認しました。その結果、多くのアプリケーションでは、構造上の理由から磁場の発生源とMCUが十分に離れて配置されていました。よってMRAMがMCUに内蔵されている場合でも、磁場による影響は実質的に無視できると考えられます。
4.1 一般的な家電・産業機器における配置傾向
エアコン、洗濯機、冷蔵庫といった一般的な家電製品では、モーターやファン、ポンプなどの駆動部と、制御用MCUを搭載した基板が筐体内で物理的に分離されています。
これらの製品では、振動対策や放熱、配線の都合から、制御基板が駆動部から数cm以上離れた位置に配置される設計が一般的です。
そのため、たとえモーターや電源回路の近傍で局所的に磁場が発生していたとしても、距離による磁場減衰により、デバイスに影響を及ぼすレベルには達しないと考えられます。
図 1: MCU基板とモーターの位置関係(ドラム式洗濯機)
4.2 電源装置・インバーターにおける考察
パワーコンディショナーやサーバー電源、汎用インバーターといった電源装置では、
・大型インダクター
・トランス
・大電流配線
などが磁場の発生源となる可能性があります。
しかし、これらの部品は筐体内で制御回路と分離されて配置されることが多く、MCUは数cm以上離れた位置に配置されます。実測および構造確認の結果、MCU位置で観測される磁束密度は数ガウス未満に抑えられており、MCUに内蔵されたMRAMへの影響は小さいと考えられます。
4.3 モータ一体型・機電一体型アプリケーション
ロボットアームやACサーボなどの機電一体型アプリケーションでは、モーターと制御回路が同一筐体内に収められるため、磁場の影響を考慮すべきケースも存在します。
ただし、多くの製品では
・モーターが金属筐体で覆われている
・制御基板との間に構造部材や仕切りが存在する
といった理由から、モーター由来の磁場が直接MCUに影響するケースは限定的です。
一方で、磁気センサーを使用する場合は注意が必要です。一般的な磁気センサーは磁気検出用の磁石を使用します。これらの磁石は強い磁場を発生させるため、磁石とMCUが数mmオーダーで近接する構成では、MCUに内蔵されたMRAMの磁場耐性を超える可能性があります。
5. 注意が必要なケース:強力な磁石が近接する場合
すべてのケースで磁場を無視できるわけではありません。
第4節で述べたように、注意が必要なのは「磁気センサー用の磁石」など、意図的に強い磁場を発生させる部品がMRAM内蔵MCUの近くに配置される場合です。
磁気センサー用磁石では、磁石近傍で数千〜1万ガウスを超える磁場が発生しており、数ミリ単位の距離ではMRAMの許容磁場を超える可能性があります。
そのため、MRAM内蔵MCUを磁石近傍に配置しないレイアウト設計や、磁場の影響を受けにくい配置・構成を検討することが重要となります。
これらの調査結果から、次のように整理できます。
・一般的なモーター・インダクター・電源回路の近くでは、MRAMは問題なく使用できる
・筐体によるシールド効果と、磁場の距離減衰により、MRAMへの磁場は十分に小さい
・MRAMの適用可否は、磁場の大きさと、磁場発生源からの距離関係によって判断する
・強力な永久磁石や磁気センサー用磁石が近接するなど、意図的に強い磁場を用いる構成では、設計上の配慮が必要となる場合がある
MRAMの今後の展望
MRAMは、高速性や不揮発性といった従来メモリーにはない多くの利点を備えたメモリー技術です。
・高速性
・不揮発性
・高信頼性
・低消費電力
こうした特長が同時に求められる場面では、MRAMは他のメモリーにはない強みを発揮します。
特に、システムの即時起動、データを確実に保持できることが重視される組込み機器や、環境条件が厳しい産業用途の分野では、MRAMへの期待は年々高まっています。
実際に、近年の市場調査レポートにおいても、MRAM市場は自動車、産業機器、IoT、エッジAI向け用途を中心に、今後も成長が見込まれる分野として位置付けられています。
Mordor Intelligence の調査によると、MRAM市場は 2026年から2031年にかけて年平均成長率(CAGR)32.72% で成長し、2031年には市場規模が約 182.4億米ドル(USD 18.24 Billion)に達すると予測されています。
図 2:MRAM市場規模予測
(参考:Mordor Intelligence, Magneto-Resistive RAM (MRAM) Market – Growth Trends and Forecast, https://www.mordorintelligence.com/industry-reports/magneto-resistive-ram-market)
まとめ
今後、製造技術の進歩や対応製品の拡充が進むことで、MRAMは用途に応じて選ばれる「使いどころのはっきりしたメモリー」として、さらに存在感を高めていくと考えられます。
システム設計の選択肢を広げるだけでなく、新しい使い方やアプリケーションの創出にもつながるメモリーとして、今後ますます注目されていくでしょう。
磁場環境下における具体的な分析結果については、第3章「検証データ編」で詳しく紹介しています。
また、基礎から理解されたい方は第1章「基礎編」もあわせてご覧ください。