はじめに
ダブルパルステストの「測定環境を立ち上げる中で学んだこと」の記事では、ダブルパルステストの基本的な考え方や測定環境の重要性について紹介しました。
しかし実際に測定を始めると、新たな疑問が出てきました。
「この波形は本当に正しく測れているのだろうか?」
波形が表示されることと、正しく測定できていることは同じではありません。
私自身、当初は
「評価ボードを準備して、波形を観測すればEonやEoffを測定できる」
と考えていました。
しかし実際には、
・電流測定
・オシロスコープ設定
・プローブ設定
・測定条件の確認
など、測定そのものよりも測定環境を整えることに多くの時間を費やしました。
本記事では、実際にダブルパルス測定環境を運用する中で私が苦労したポイントと、そこから学んだ下記5つのことを紹介します。
1 オシロスコープは「表示装置」ではなかった
2 電流プローブだけでは測定できなかった
3 測定前の確認作業を甘くみていた
4 オシロスコープの性能を甘くみていた
5 Eon/Eoffを見る前に確認すべきことがあった
オシロスコープは「表示装置」ではなかった
ダブルパルス測定を始める前の私は、
「オシロスコープは波形を見るための装置」
という認識でした。
もちろん間違いではありません。
しかし実際には、
オシロスコープは測定結果そのものを左右する測定器でした。
最初は波形が表示された瞬間に、「これで測定できた」と思っていました。
しかし現実には、
・入力インピーダンス
・トリガー設定
・プローブ設定
・オフセット設定
・スケール設定
など、確認すべき項目が数多くあります。
特に初期化後は各チャンネル設定が初期状態へ戻るため、測定前には毎回の確認が必要でした。
今回の経験を通じて学んだのは、
「波形が表示されている」ことと「正しく測定できている」ことは別である
ということです。
図1 オシロスコープで確認していた主な設定項目
波形が表示されていても、入力条件、トリガー条件、アクイジション条件が適切とは限りません。ダブルパルス測定では、これらの設定をあわせて初めて信頼できる波形を取得できます。
<補足>
実際には、図1で示した項目以外にも、ノイズフィルター設定やGND位置の調整、セルフキャリブレーション (Self Cal) など、確認すべき項目は少なくありませんでした。
なお、GND位置に関しては、今回は光絶縁プローブと評価ボード上に用意された専用の測定ポイントを使用していたため、大きな問題にはなりませんでした。
しかし、高速スイッチング波形を扱う場合、GNDの取り方によってノイズの重畳や波形の見え方が変化することがあります。
また、セルフキャリブレーションやノイズフィルター設定についても、測定器の状態や環境によって結果へ影響を与える可能性があります。
そのため実際の測定では、
「波形が表示されているか」ではなく、「その波形を信頼できるか」
という視点で測定環境全体を確認することが重要だと感じました。
電流プローブだけでは測定できなかった
ダブルパルステストを始めたころの私は、
「電流を測るなら電流プローブを使えばよい」
と思っていました。
しかし実際に評価条件を上げていくと、想定していた電流値が一般的な電流プローブの定格を超える場面がでてきました。
今回使用したTCP0020は便利な電流プローブですが、定格電流に制限があります。
大電流条件で無理に使用すると、正しい測定ができないだけでなく、プローブを損傷させる可能性もあります。
そのため今回の評価では、CT(Current Transformer:カレントトランス)を使用して電流測定をおこないました。
CTは一次側電流を二次側信号へ変換し、その信号をBNCコネクター付き同軸ケーブルを介してオシロスコープへ入力します。
ただし、ここで新たな問題が出てきます。
CTはオシロスコープが自動認識できる純正電流プローブではありません。
そのため、
・電流倍率(A/V変換係数)
・スキュー補正値
などを手動で設定する必要があります。
つまり、
「CTを接続すればそのまま電流値が表示される」
わけではありません。
そこで最初におこなったのが、TCP0020とCTを同時に使用した比較測定でした。
まずはTCP0020の定格内となる低電流条件で測定し、
・TCP0020が示す電流値
・CTが出力する電圧値(電流値へ換算して比較)
を比較します。
この結果からCT倍率を求め、オシロスコープへ設定することで、高電流条件でも正しい電流値として扱えるようになります。
当初の私は、
「波形が表示されているのだから測定できている」
と思っていました。
しかし実際には、
「波形が表示されていること」と「電流値が正しいこと」は全く別の話でした。
これは今回の測定で最も印象に残った学びの一つです。
図2 CT倍率確認に使用した構成例(イメージ図)
まずTCP0020(電流プローブ)の定格内となる低電流条件で両者を同時測定し、CTの出力とTCP0020の電流値を比較してA/V変換倍率を求めます。
<補足>
巻き数比10:1の意味は、
・トロイダルコア側:10ターン
・CT側:1ターン(1回貫通)
図3 CTとBNCコネクター付き同軸ケーブルの接続イメージ(イラスト)
図4 電流プローブの実写真
図5 トロイダルコア & CT の実接写真
測定前の確認作業を甘く見ていた
測定を始める前は、
「一度設定すれば、そのまま測定できる」
と思っていました。しかし実際には違いました。
測定のたびに、
・電源状態の確認
・VGS波形の確認
・CT倍率の確認
・スキュー値の確認
などをおこなっていました。
また今回使用したVGS測定用およびVDS測定用の電圧プローブは、いずれも光絶縁型の電圧プローブですが、接続方法は異なります。
・VGS測定側:MMCXコネクター
・VDS測定側:5.08mmピッチのスクエアピンヘッダー
を使用して評価ボードへ接続しました。
こうした接続方式は、評価ボード側が対応していなければ利用できません。
今回使用した評価ボードは、これらのプローブを使用することを前提に設計されており、測定ポイントや接続インターフェースも最適化されていました。
測定を進める中で、
「プローブだけでなく、評価ボード側の設計も測定品質に大きく影響する」
ことを実感しました。
最終的には、
「測定そのもの」よりも、「正しい測定条件を再現すること」
の方が重要なのではないかと感じるようになりました。
ダブルパルステストの「測定環境を立ち上げる中で学んだこと」の記事では、EonやEoffの評価にスキュー調整が重要であることを紹介しました。ここでは、実際に使用したスキュー調整用フィクスチャーと接続方法を紹介します。
図6 スキュー調整用フィクスチャーと測定プローブの接続例
図7 スキュー調整用フィクスチャーと測定プローブの接続イメージイラスト
スキュー調整では、社内製作のスキュー調整用フィクスチャーを使用しました。
VGS測定用プローブはMMCX変換アダプターを介して接続し、VDS測定用プローブは5.08mm間隔のスクエアピン接続部へ接続しています。測定前には、このような調整や確認作業をおこなったうえで波形評価を実施しました。
<用語メモ>
フィクスチャー: 測定対象やプローブを固定・接続する専用治具(装置)
スキュー: 複数の測定信号間に生じる時間差
VDS: MOSFETのドレイン・ソース間電圧
VGS: MOSFETのゲート・ソース間電圧
パルジェネ: パルスジェネレーターの略。基準となるパルス信号を発生する測定器
MMCX: 小型の高周波同軸コネクター規格
ピッチ: 隣接する端子の中心間距離
図8 スキュー調整前後の波形比較
スキュー調整前は、IDS、VGS、VDSの波形に時間差が存在していました。スキュー調整によって各波形の時間軸を補正することで、EonやEoffをより正確に評価できるようになります。
図9 評価ボード上のVGS・VDS測定ポイント
電圧プローブの接続位置は測定対象やデバイスのパッケージによって異なります。
今回使用した評価ボードには専用の接続ポイントが用意されていましたが、測定前には接続先やプローブ構成を毎回確認していました。こうした準備作業も、信頼できる波形を取得するためには欠かせませんでした。
オシロスコープの性能を甘く見ていた
今回の評価を通じて、ADC分解能についても学ぶ機会がありました。
オシロスコープでは、
・8bitモード
・12bitモード
を選択できます。
当初は、「デフォルト設定のままで十分だろう」と考えていました。
しかし実際に波形を比較すると、8bitと12bitでは波形の見え方に違いがありました。
8bitでは256段階、12bitでは4096段階で電圧を表現できます。
そのため12bitでは、微小な波形変化やノイズ成分をより細かく観測できます。
一方で、分解能だけを見れば12bitが有利ですが、実際にはサンプリング条件や取得時間とのバランスも考慮する必要があります。
今回の測定では、より高い波形品質を優先したかったため、最終的に12bit設定を採用しました。
私自身、ダブルパルス測定を始めるまで、ADC分解能を意識することはあまりなく、デフォルト設定のまま使用することが多かったです。
しかし今回の経験を通じて、
オシロスコープの設定は単なる見た目の違いではなく、取得できる情報そのものに影響する
ことを実感しました。
表1 オシロスコープにおけるサンプリングレートと分解能の違い
今回使用したテクトロ製オシロスコープのMSO64では、デフォルトの8bit設定でも測定は可能でした。
しかし実際に比較すると、12bit設定の方が波形の変化やノイズ成分を把握しやすく感じられたため、最終的には12bit設定を採用しました。
Eon/Eoffを見る前に確認すべきことがあった
ダブルパルステストを学び始めた頃、私が最も興味を持っていたのは、Eon、Eoff、および逆回復特性(Qrr)でした。
しかし実際には、EonやEoffなどは最初に見るものではなく、最後にたどり着く値でした。
正しい測定をおこなうためには、
・オシロスコープ設定
・電流測定
・CT倍率設定
・スキュー補正
・VGS確認
をひとつずつ確認していく必要があります。
そして、それらが正しくおこなわれて初めて、EonやEoffが意味を持つようになります。
ダブルパルス測定の難しさは、測定対象そのものではなく、測定環境を正しく構築することにあります。
今回さらに、
「その測定環境から得られる波形を、どこまで信頼できるか」
が重要であることを学びました。
今回の一連の作業を通して、私は「Eon/Eoffを測る」のではなく、
「Eon/Eoffを正しく測定できる環境を作る」
ことの方が重要だと感じました。
ここまで紹介してきた測定環境の構築や各種設定は、最終的にEonやEoffを評価するための準備作業です。実際に測定をおこなうことで、VGS、VDS、IDSの波形からデバイスのスイッチング挙動を観測できます。
図10 環境構築後に取得できた代表波形
測定環境の構築、CT倍率の設定、スキュー補正、各種確認作業をおこなった後に取得した代表的な測定波形です。
ダブルパルステストでは、VGS、VDS、IDSを同時に観測することで、デバイスのスイッチング挙動や回路構成の違いによる影響を評価できます。
さいごに
ダブルパルステストを学び始めた頃の私はEonやEoffそのものに注目していました。しかし実際には、ダブルパルステストでは測定結果を見る前に、その結果を信頼できる測定系を構築することが重要だと学びました。
本記事が、これからダブルパルステストへ取り組む方の参考になれば幸いです。
本記事の関連記事については、下記リンク先を参照ください。
ダブルパルス測定を始める前に知っておきたかった5つのこと :測定環境を立ち上げる中で学んだこと
お問い合わせ
本記事にて紹介した内容に、ご興味がある方は、ぜひお問い合わせください。
オンセミ メーカー情報Topへ
オンセミ メーカー情報Topに戻りたい方は以下をクリックしてください。