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ダブルパルス測定を始める前に知っておきたかった5つのこと [前編:測定環境を立ち上げる中で学んだこと]

はじめに

SiC MOSFETの評価を始めると、必ずと言ってよいほど「ダブルパルステスト (Double Pulse Test)」という言葉に出合います。
私自身も、
「評価ボードを準備して、オシロスコープで波形を観測すれば、ターンオン損失 (Eon) やターンオフ損失 (Eoff) が簡単に測定できるだろう」
と考えていました。
しかし実際に測定環境の構築を始めてみると、その考えは大きく間違っていました。
測定を始める前は、
  ・どのデバイスを評価するか
  ・EonやEoffがどのくらい違うか
  ・オンセミ品と競合品でどちらが優れているか
といったことに興味がありました。

ところが実際には、評価対象のパワーデバイスよりも、
  ・プローブは何を使うべきか
  ・なぜスキュー調整が必要なのか
  ・電流は本当に正しく測れているのか
  ・オシロスコープの設定は適切なのか
といった測定環境側の課題に多くの時間を費やすことになりました。

なお、今回使用したのは、試行錯誤を重ねて作り込まれたダブルパルス評価ボードです。そのため私は測定技術の習得に集中することができました。一方で評価を進めるほど、「なぜこの構成なのだろう」「もっと改善できるのではないか」と感じる場面も増えていきました。設計経験者に話を聞くと、ダブルパルス評価ボードは多くのトレードオフのうえに成り立っており、何を優先するかという設計判断そのものがノウハウであることを知りました。

今回の経験を通じて私が感じたのは、
「ダブルパルス測定の難しさは、測定そのものよりも、正しい測定環境を構築することにある」
ということです。

本記事では、これからダブルパルス測定を始めようとしている方に向けて、私自身が環境構築の中で「最初に知っておきたかった」と感じた以下の5つのポイントを紹介します。
  1 ダブルパルステストとは
  2 なぜデータシートだけでは不十分なのか
  3 まずは測定系全体を理解する
  4 プローブ選定は想像以上に重要
  5 スキュー調整を知らないとEon/Eoffが変わる

もし半年前の自分にこの記事を渡せるなら、「Eon/Eoffを見る前に、まずこれを読め」と言いたいと思います。

図1 今回使用したダブルパルス測定環境

①オシロスコープ、パルスジェネレーター、安全機構付きアクリルケース、ダブルパルステスト用評価ボード、
⑤DCリンク用コンデンサー、非常停止ボタン、高電圧直流電源

ダブルパルステストとは

私がダブルパルステストを学び始めたころは、「EonEoffを測定するための試験」という程度の理解しかありませんでした。

もちろん間違いではありませんが、それだけではダブルパルステストの価値は伝わりません。

ダブルパルステストは、パワーデバイスのスイッチング動作を任意の電圧条件・電流条件で再現し、そのときに発生する損失や過渡応答を評価するための代表的な試験方法です。
一般的には、
  ・Eon:ターンオン損失
  ・Eoff:ターンオフ損失
  ・dv/dt:ドレイン電圧の変化スピード
  ・di/dt:ドレイン電流の変化スピード
  ・Qrr:ボディーダイオードの逆回復特性
などを評価するために使用されます。
ここで重要なのは、
「データシートに記載された値を確認する試験」ではなく、実際の使用条件に近い状態でデバイスの振る舞いを確認できる試験であることです。
例えば、
  ・DCバス電圧を変える
  ・負荷電流を変える
  ・ゲート抵抗を変える
ことで、同じデバイスでも全く異なる波形になる場合があります。

ダブルパルステストは、その違いを実際の波形として可視化できる点に大きな価値があります。
測定回路自体は比較的シンプルです。
基本的には、
  ・DC電源
  ・インダクター負荷
  ・被測定デバイス
  ・ゲートドライバ ー
で構成されます。

最初のパルスでインダクターへ所望の電流を流し込み、その後のパルスでスイッチング波形を観測します。
これにより、任意の電圧・電流条件下におけるデバイスのターンオン・ターンオフ動作を評価することができます。

私自身、評価を始める前は
  「回路は簡単そうだから、測定も簡単だろう」
と思っていました。

しかし実際には、回路そのものよりも、
  ・どう波形を測定するか
  ・どう測定誤差を減らすか
  ・どう正しいEon/Eoffを取得するか
のほうが難しく、ここから先がダブルパルス測定の本当のスタートラインでした。

図2 ローサイド側を被測定デバイスとしたダブルパルステストの基本構成

1パルスで負荷インダクターに所望の電流を流し、第1パルス終了時にターンオフ特性、
2パルス開始時にターンオン特性および上側MOSFETのボディーダイオードの逆回復特性を評価します。

完成された評価ボードにも設計者の意図がある

今回使用したダブルパルス評価ボードは、試行錯誤を重ねて作り込まれた完成度の高いボードでした。
当初は、「良くできた評価ボードだな」程度の認識でしたが、評価を進めるにつれて見方が変わっていきました。
例えば、
  ・より正確な波形を観測したい
  ・寄生成分を小さくしたい
  ・多様なデバイスに対応したい
  ・測定ポイントを確保したい
  ・使いやすさも維持したい
といった要求は、必ずしも両立できるものではありません。
実際に評価を進める中で、「ここはこうした方が良いのではないか」と思う場面もありました。

しかし設計経験者に話を聞くと、その改善案も別の要求とのトレードオフによって採用されていない可能性があることが分かりました。
ダブルパルス評価ボードの設計では、「何がベストか」ではなく「何を優先するか」を決めることが重要になります。

今回使用したボードも、そのような設計判断の積み重ねによって完成したものだったのだと感じています。
また、これからダブルパルス測定を始める方の中には、自社で評価ボードを設計するケースもあると思います。
一方で、まずは測定技術の習得やデバイス評価に集中したい場合には、市販の評価ボードを活用するのも有効な選択肢です。私自身、今回あらためてその価値を実感しました。

なお、今回使用した評価ボードには、ゲートドライバーや絶縁電源に加え、電源状態を確認するためのLEDなど、測定前の確認を支援する仕組みが盛り込まれています。こうした一つひとつの工夫にも、設計者の経験が反映されています。

図3 ダブルパルステスト用評価ボード「ALTDPEB」

評価環境を短期間で立ちあげるためには、評価目的に合った既製の評価ボードを活用することも有効な選択肢です。今回使用したボードには、各電源系統の状態を確認するためのLEDが配置されており、測定前に5V電源、12V電源、ハイサイド電源、ローサイド電源が正常に動作していることを確認できます。こうした仕組みによって、回路の立ち上げ作業よりも測定条件の検討や波形観測に集中することができました。

今回の評価ボードは以下Webサイトから購入可能です。
Double Pulse Evaluation Board

なぜデータシートだけでは不十分なのか

私がダブルパルステストを学び始めた際に最も印象的だったのは、
 「データシートにEonEoffは載っているのに、なぜわざわざ自分で測定する必要があるのだろう」という疑問でした。

実際、主要なパワーデバイスのデータシートには、
  ・ターンオン損失 (Eon)
  ・ターンオフ損失 (Eoff)
  ・逆回復特性 (Qrr)
などのスイッチング特性が記載されています。

そのため当初は、「データシートを比較すれば十分ではないか」と考えていました。
しかし調べていくうちに、データシートに記載されている値は、あくまで特定条件下で測定された代表値であることを理解しました。

例えば、
  ・DCバス電圧
  ・負荷電流
  ・ゲート抵抗
  ・基板レイアウト
  ・測定環境
が変われば、同じデバイスでも結果は大きく変化します。
特にSiC MOSFETのような高速スイッチングデバイスでは、その影響は無視できません。

また、データシートからは読み取れない情報もあります。
例えば、
  ・スイッチング時のオーバーシュート
  ・リンギング
  ・実際の電圧・電流波形
  ・アプリケーション固有条件での挙動
などです。
こうした情報は、実際に波形を観測して初めて見えてきます。

評価を進める中で私が感じたのは、
「ダブルパルステストはデータシートの正しさを確認する試験ではなく、自分の使用条件でデバイスがどう振る舞うかを確認する試験である」
ということでした。
この点こそが、ダブルパルステストの最も大きな価値だと私は感じています。

まずは測定系全体を理解する

ダブルパルス測定では、「測定器をつなげばすぐ結果が出る」というものではありません。

私が環境構築をおこなった際には、
  ・パルスジェネレーター
  ・オシロスコープ
  ・VGS測定プローブ
  ・VDS測定プローブ 
  ・電流プローブ
を同時に扱う必要がありました。

そして実際には、デバイスそのものよりも、
「測定器同士の組み合わせ」で苦労する場面が多くありました。

特に高速スイッチングを扱うSiCデバイスでは、測定系の影響が非常に大きくなります。
そのため、まずはデバイス評価より先に、
 「測定系全体を理解する」
ことが重要だと感じています。

プローブ選定は想像以上に重要

測定を始めて最初に驚いたのが、「どのプローブでも同じではない」ということでした。

例えば、
  ・高電圧測定用プローブ
  ・光絶縁プローブ
  ・電流プローブ
では特性が大きく異なります。

また、オシロスコープとの組み合わせによっては、
適切な設定をおこなわないと正しい電流値・電圧値として認識されない場合もあります。
私自身、
  「波形が表示されているから正しい」
と思い込んでいましたが、
あとから確認するとスケーリング設定やプローブ設定が適切でないケースがありました。

ダブルパルス測定では、デバイスだけでなくプローブも測定系の一部です。
プローブの特性を理解しておくことが、正しい評価結果につながります。

図4 ダブルパルステストにおける測定系の一例

ダブルパルステストでは、VGSVDSIDSを同時に観測しながらデバイスを評価します。
図中には、VGSプローブ、VDSプローブ、IDS測定用CT、および負荷インダクターを示しています。
繰り返しになりますが、ダブルパルステストではデバイス単体だけでなく、測定系全体が結果に大きく影響します。
そのため、各プローブの特性や接続方法を理解したうえで評価をおこなうことが重要です。

スキュー調整を知らないとEon/Eoffが変わる

ダブルパルス測定を学ぶ中で、最も重要だと感じたのがスキュー調整です。
EonやEoffは、VDSとIDSを掛け合わせて求めます。
つまり、
電圧波形と電流波形の時間軸がずれていると、
計算結果そのものが変化してしまいます。

測定資料を整理していく中でも、
プローブ間のスキュー調整を正しくおこなわないとEon/Eoffが正確に測定できない点が繰り返し強調されていました。

私自身も、ダブルパルステストというと
  ・ターンオン波形
  ・ターンオフ波形
  ・損失計算
ばかりに注目していました。

しかし実際には、その前段階である
「正しい波形を取得するための測定環境づくり」
が非常に重要であることを実感しました。

図5 スキュー調整前後の波形比較

スキュー(skew)とは?

プローブごとに内部回路やケーブル長が異なるため、同じ現象を測定していても波形の到達タイミングがわずかにずれることがあります。
EonやEoffを正しく評価するためには、プローブ間の時間差(スキュー)を補正する必要があります。

さいごに

ダブルパルス測定というと、ついEonEoffなどの測定結果そのものに注目してしまいます。
しかし実際に環境構築を進めてみると、
  ・測定器構成
  ・プローブ選定
  ・スキュー調整
といった基礎部分が結果に大きな影響を与えることが分かりました。

後編では、
  ・CT電流測定
  ・オシロスコープ設定
  ・サンプリングレート
  ・ADC分解能
  ・Eon/Eoff計算時の注意点
について、実際に環境を立ち上げる中で学んだ内容を紹介したいと思います。

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