1. はじめに
SMPTE ST 2110 Professional Media Over Managed IP Networks(以下SMPTE 2110もしくはST2110)とは、放送など業務系映像をIPネットワーク上で通信するためのいくつかの規格を発展的にまとめたSMPTE標準規格です。この規格の標準化により業界ではSDIベースからIPベースの伝送へ切り替えが進んでいます。マクニカは「SMPTE ST2110 FPGA IPコア」など、お客様が本規格を容易に実装するためのFPGA・Softwareソリューションを開発、提供しています。
前回は、SMPTE 2110 Suiteの構成についてご紹介しました。今回は、SDI to IP GatewayによるIP伝送化について説明いたします。
2. SDI to IP Gateway
前回のコラムの通り、現在の放送業界はSDIベースからIPベースの伝送への丁度切り替え途中です。これまでの放送システムはSDIベースで組み立てられており、まだまだSDI機材は現役です。これらの資産を活用しつつIPベースへの切り替える移行期間に必要となってくるのが、SDI to IP Gatewayです。
SMPTE 2110の大きな特徴の一つは「Media Dataの各エッセンス(Video, Audio, and Metadata)を個別の同期したストリームとして伝送すること」です。SDI to ST2110 IP GatewayはSDIエッセンスをVideo、Audio、Metadataの各エッセンスに分離しIPに変換をおこないます。
SDI to IP変換の場合、各エッセンスはRTPフォーマットにカプセル化され、さらにUDP/IPフォーマットにカプセル化されます(Encap)。その後、Ethernetパケット化(Framing)してIPネットワークに送出されます。IP to SDI変換の場合は逆の手順(Deframing ⇒ Decap)でSDIエッセンスとなりSDI出力されます。
各エッセンスストリームの同期をとるためにEncap時にRTPパケットヘッダにRTPタイムスタンプを格納し、Decap時にRTPタイムスタンプを参照しています。ストリームの同期についてはまた別のコラムで説明させて頂ければと思います。
3. SDI伝送からIP伝送へ
さて、SDI to IP Gatewayなどの機器を接続すればすぐにIP伝送が始められるのかというと、そういうわけではありません。IP伝送化は機材を揃えるだけでは完了しません。IP伝送はSDI伝送とは勝手が大きく異なります。
SDI伝送からIP伝送化することによって明らかに変わるのが “映像データの転送”を開始するまでの手順です。SDI伝送ではPoint to Pointでの接続が基本なので、Senderの出力をReceiverの入力に接続すれば映像データが疎通していました。IP伝送ではSDI伝送の様なPlug and Playとはいかなくなります。IP化されているので、IP AddressやMAC Address設定が必要です。さらにMulticastで伝送する場合は、IGMPの設定なども必要になります。
上図の“SimpleなST2110の接続例”でも映像データを疎通するためには、以下の手順を踏む必要があります。
①Ethernet L2 Switchの設定(Multicast, Port 属性など)
②PTP MasterとST2110 Sender/Receiverの時刻同期
③ST2110 SenderにReceiver側のIP Address情報などを設定
④Multicastの場合はST2110 ReceiverをIGMP joinさせる
上記に出てきたMulticastというキーワードですが、これはIPネットワーク上でのデータ伝送方式の一つです。
◎Broadcast
◆接続されているすべてのPortにデータを配信
◎Unicast
◆特定のPort に対してデータを配信
◎Multicast
◆特定のPort に対してデータをするが、複数同時に配信
業務系映像のIP伝送では1対N接続が出来るMulticastが多く使われています。1対N接続により、Ethernet SwitchがSDI Routerの機能も兼ねることができるからです。(これはIP伝送化の大きなメリットです!)Broadcastも一見1対N接続に見えますが、BroadcastはSwitchに接続されているPort全てにデータを配信する方式です。よって帯域超過を引き起こしかねないためMedia伝送にはほとんど使われていません。
Ethernet Switchの設定も大切です。Switchの設定が不十分であるためFloodingが発生し、一見正常動作しているように見えても実は帯域超過しておりPacket Loss等が多発している、ということも発生し得ます。
さらに、Ethernetでは経路途中でPacketのDrop、Reordering、Duplicateが発生する可能性があります。(この点についてはST2022-7規格に準拠した機器であればある程度リカバリーされます。一般的にST2110システムもこのST2022-7規格を導入し準拠しています。)
4. IP伝送化のメリット
このように、IP伝送はSDI伝送よりも手間と考慮すべき点が増えるためデメリットを感じがちです。しかし、拡張性(Flexibility, Scalability)の点ではIP伝送に大きなメリットがあります。
◎10G Ethernetを例にとると、Cable1本でHDコンテンツ6chを双方向伝送できる
◎Media伝送に必要なData Rateが増加しても、Ethernet Switch等を変更するだけで対応可能
◎Ethernet Switchでルートの切り替え、分配などもおこなえる
◎COTS製品の利用も可能
◎Media伝送と制御も同じ経路でおこなえる
”IP伝送だからできること”に着目するとIP伝送化をおこなうメリットが見えてきます。前述しましたが、現在の放送業界ではSDIベースからIPベースの伝送への切り替えが既に始まっています。また、ネットワーク機器の性能やネットワーク技術も向上の一途ですので、業務系映像のIP伝送化の流れは今後ますます加速していくものと考えられます。
次回からは、ST2110 Suiteのそれぞれの規格についてお話する予定です。
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Media Over IP Packageは、ST2110ハードウェアIP / ソフトウェア開発キット / リファレンスデザインをパッケージ化した製品です。
関連情報リンク
IPMXに関する技術情報ページもご参照ください。