多機能電気化学モジュール MCUM355

電気化学センサーに必要な回路設計とは

電気化学式センサーは、現在産業界で使用されている最も一般的なセンサーの一つで、ガス検知、水質検査、バイオ分析、食品検査などの製品に広く使用されています。このタイプのセンサーは、化学反応を電流と電圧に変換する原理を利用して、測定対象となる物質の量に比例した電気信号を生成します。

電気化学センサーは一般的に電極や反応物などで構成されていますが、これら消耗品の寿命を最大限に延ばすために、内部の物質と検出対象の物質との化学反応は非常に小さく、ゆっくりとおこなわれる必要があります。そのため、電気化学センサーから出力される電気信号は非常に弱いものとなっています。 このことから、電気化学センサーを駆動し、調整し、取得するための高精度で安定した回路を設計する必要があります。

電気化学センサーを動作させるために必要な回路系を定電位回路といいます。 3端子の電気化学式ガスセンサーを例にとると、図1に示すように、バイアス電圧源、電位ホールド、電流-電圧変換、フィルタリング、AD変換などの回路を構築し、MCUに入力してデータ処理をおこないます。ADC回路の前の信号は、TIA回路で変換された電圧信号で、ガスの濃度値に比例して変化します。 センサーの酸化反応や還元反応によって、TIA回路で変換された電圧は正にも負にも変化します。 回路全体を構成する部品には、精密オペアンプ、精密抵抗、高性能ADCなどが含まれています。回路設計の各部分には理論的な裏付けがあり、エンジニアにはアナログ信号回路に関する高い知識が求められます。

図1:三端子電気化学式ガスセンサーのコンディショニング回路

さらに重要なのは、電気化学センサーは温度や湿度に敏感で、応答の安定性が悪く、寿命とともに減衰していく点にあります。このため電気化学センサーを製造する際には難易度が高いチューニングが必要なだけでなく、温度化学センサーを使用する際も注意が必要です。

この記事では、マクニカのグループ会社であるCytechが、ADIの最先端アナログICを使って独自に開発した、多機能モジュールを紹介します。

このモジュールは、ほとんどすべての分野、すべての種類の電気化学センサーに対応しており、統合・開発が非常に容易であるため、あらゆる業界の電気化学センサーのユーザーが、自社製品の構築・製造を迅速に実現することを可能にします。

多機能電気化学モジュール MCUM355

MCUM355は、ADIのプラットフォームレベルのチップADUCM355をベースにしています。本製品は、高性能アナログ回路、温度・湿度センサー、プロセッサーを内蔵し、豊富な周辺インターフェースを備えているため、ガス検知、水質検査、生体インピーダンス分析、血糖値測定、食品分析などの幅広いアプリケーションに対応しています。図2に示すように、MCUM355のサイズは2×2cmで、シリアルインターフェースを備えているため、簡単にシステムへの組込みができます。このモジュールは3.3Vの電源で動作し、標準的な動作電流は5mAです。さらに低消費電力やスリープ状態では、消費電流はわずか数uAです。

図2:MCUM355モジュール製品

MCUM355の構成と基本動作

3に示すように、MCUM355には、ADUCM355、高抵抗オペアンプLTC6078SHT31型温湿度センサー、および必要な周辺受動素子が搭載されています。 ADUCM355は、2つの低消費電力定電位回路、1つの高帯域定電位回路、高性能ADC回路、豊富なスイッチングマトリクス、パワーマネジメントなど、内部の機能資源を包括的に備えています。また、26MHzで動作するCortex-M3コアを搭載したプロセッサーでもあり、低消費電力MCUに必要な資源、例えば各種演算機能ブロック、各種データインターフェースなどがすべて揃っています。

図3:MCUM355の内部構造
図3:MCUM355の内部構造

モジュールに搭載されているLTC6078は、ADIの高抵抗デュアルオペアンプで、一方はpH電極のインターフェース回路として、電圧信号をADUCM355内のADCに直接入力し、もう一方は導電率電極のインターフェース回路として、微弱な回路を電圧に変換してADCに入力しています。 水質検査アプリケーションの場合、センサーの具体的な接続方法は本記事の後半で説明します。

モジュール上のSHT31は精密な温度と湿度のセンサーで、ガス検知のシナリオで環境指標の拡張や結果の校正ベースとして使用できます。 さらに、ADUCM355の内部アナログ回路の校正や、水質測定プロセスの基準抵抗として、多数の精密抵抗が基板上に用意されています。

ADUCM355は電気化学センサーの中核となる2つの低消費電力定電位回路を内蔵しており、あらゆる電気化学式ガスセンサーのほか、血糖値や食品検出用電極などに応用することができます。さらに、高帯域の定電位回路も1つ内蔵しています。この回路は、電池分析や生物学的特性評価などで実績のある電気化学インピーダンス分光法 (EIS) の測定に一般的に使用されているもので、測定対象物質分析の補助のほかに、最も重要なセンサーの寿命予測にも使用できます。

このようにADUCM355の内部機能は非常に豊富で、強力な内部スイッチングマトリクスによってアナログ回路の接続を切り替え、多様な回路機能を実現しています。このADUCM355をモジュール化したMCUM355を用いることで、複雑な回路構成を必要とせずにEIS測定機能を実現することができます。

MCUM355は小型化のために、ガスセンサーや水質センサーなどを直接接続するために必要なインターフェースなどを除き、ADUCM355のインターフェースを一部分だけオープンにしています。MCUM355の外部から利用可能なインターフェースリソースを図4に示します。インターフェースリソースは、センサーの種類や接続方法の特徴を考慮して設計されています。ADUCM355チップリソースに興味をお持ちの方は、ADIウェブサイトのADUCM355製品ページでデータシートなど詳細な情報を入手することができます。 本モジュールは、ガスセンサーや水質センサーなどを直接接続することができます。

図4:MCUM355の外部インターフェース
図4:MCUM355の外部インターフェース

応用例1:ガス検知

MCUM355を使えば、3端子の電気化学センサーを使用し、そのピンをモジュールの対応するインターフェースに直接接続することで、ガス検知アプリケーションを構築できます。MCUM355は、図5に示すように、2つの同じ電気化学チャンネルのセットを持ち、2つの3端子の電気化学ガスセンサーを接続することができます。もちろん、酸素センサーなどの2端子ガスセンサーも、電流検出用電極をWE端子に接続するだけ、つまりモジュール内部の電流-電圧変換機能回路だけで対応可能です。また、PIDやMOSの原理でよく使われるガスセンサーには、シングルエンドの電圧信号を出力するものがあり、この場合は、このセンサーの出力端子だけをMCUM355のAIN側に接続する形になります。

図5:ガス検知アプリケーションの接続図
図5:ガス検知アプリケーションの接続図

6は、Cytechが設計・開発したガス検知用のデモキットです。このキットでは、2つの電気化学式ガスセンサーと1つのPIDセンサーを用いて、酸素、COTVOC3つのガス濃度指標を測定できます。これは1つのMCUM355でサポートできるガスセンサーの上限です。デモキットのディスプレイは、MCUM355とシリアルコマンドでやりとりする別のMCUによって駆動・制御されます。MCUM35上のSHT31センサーからの気温と湿度データがデモキットに表示されます。このガス検知デモキットは、USB経由で5Vを電源としており、3.3V出力のLDO1つあれば、すべての電源要件を満たすことができます。

図6:ガス検知デモキット

図6:ガス検知デモキット

応用例2:水質検査

MCUM355を使って水質検査アプリケーションを構築する場合、主に1つのモジュールで、水温、pHORP値、導電率の4つのパラメーターの測定を実現しています。センサーの接続方式を図7に示すように、水温センサーは電気化学1チャンネルに接続されています。水温センサーの原理はRTD(測温抵抗体)と同じで、定電位回路の原理を利用して、間接的に抵抗値を測定する方法です。高抵抗の出力特性を持つことを主な理由に、pH電極はモジュール上の専用チャンネルに接続されています。一方、pH電極は測定する液体のORP値を反映することができます。導電性電極の場合、アノード側はモジュールの電気化学0チャンネルに接続され、カソード端は電気化学0チャンネルまたは専用の高抵抗チャンネルに接続することができます。測定する液体のインピーダンス範囲に応じて、低抵抗の液体(導電性が高い)であれば電気化学0チャンネルのWE0端子を、高抵抗の液体(導電性が弱い)であれば図7に示すように高抵抗インターフェースを接続する必要があります。

図8は、Cytechが設計・開発したガスキットと同様の構造原理を持つ、水質用途のデモキットです。 水質アプリケーションに対応可能なセンサーの種類は、本記事で紹介したソリューションに限らず、電気化学原理の水質用電極センサーであれば、溶存酸素センサーなどにも対応可能です。

図7:水質検査アプリケーションの接続図
図7:水質検査アプリケーションの接続図
図8:水質検査デモキット
図8:水質検査デモキット

応用例3:EIS測定

ACインピーダンス測定は、電気化学インピーダンス・スペクトロスコピー (EIS) 測定とも呼ばれ、電気化学センサーに小振幅の正弦波信号を印加し、その電流応答を測定してインピーダンス値を得るものです。交流インピーダンスなので、測定結果の値には位相角の性質があり、実部と虚部があります。実際の測定では、異なる周波数の信号がセンサーに印加され、一連のインピーダンスデータが得られ、すなわちインピーダンススペクトルが形成されます。インピーダンススペクトルは座標曲線としてプロットされ、センサー電極の動作条件分析に使用できます。一般的に、センサーの電極が古くなると、図9に示すように、インピーダンスカーブに大きな変化が見られます。例えば、ガスセンサーのEIS分析ではセンサーの残りの動作寿命を推測することができ、水質電極のEIS分析では電極表面の汚れや腐食の有無を知ることができるなど、EISは実用上非常に重要な役割を果たします。

図9:EISの測定結果とグラフ
図9:EISの測定結果とグラフ

実際にEISは電池の特性評価や腐食検出に広く利用されています。クロノアンペロメトリーやサイクリックボルタンメトリーなど、これまでの電気化学的な電極分析法と比較して、EISの結果は周波数成分のために明らかに情報量が多く、EIS測定は非常に有望なアプリケーションと言えます。MCUM355を使えばEIS測定機能を簡単に実現することができます。

外部センサーを使用していない状態では、モジュール内部のスイッチングマトリクス回路がセンサーを高帯域の定電位回路に接続し、内蔵された制御プログラムに従ってEIS測定プロセスを全自動で実行します。そして図9に示すように、インピーダンススペクトルを直接出力します。MCUM355は最大励起信号周波数200kHzまでのEIS測定をサポートしています。

MCUM355の開発環境

MCUM355には4線式のSWDインターフェースが用意されており、ユーザーは制御コードを直接編集・デバッグすることができます。同時にMCUM355のデフォルトのファームウェア・プログラムはシリアル・コマンド・インタラクションをサポートしているので、エンジニアはプロトコル・ルールに従ってモジュールにコマンドを送るだけで、フィードバックや測定結果を受け取ることができます。

MCUM355は、電源投入と同時にシリアルポートを介してユーザーに情報を送信します。 ガス検知アプリケーションを例にとると、図10に示すように、まず2つの電気化学センサーチャンネルの基本的な設定情報を送信し、次に2つのチャンネルで測定されたセンサー電流を電圧に変換した結果を送信します。デフォルトでは1秒ごとに更新します。

なお、電気化学センサーが周囲の温度や湿度に非常に敏感であり、その出力特性が理想的な線形ではないことから、最終的な濃度測定値の精度をさらに高めるためには、変換時のキャリブレーションや温度補正などのソフトウェアアルゴリズムをユーザー側でご用意いただく必要がある点にはご注意ください。

図10:ガス検知用途でのモジュールの動作データ

図11で示された定電位回路の機能構成のモデルにおいて、ユーザーはモジュールの定電位回路の5つの主要パラメーターをシリアルコマンドで入力して設定することができます。 VbiasとVzeroはDAC機能回路を介して生成された電圧で、電気化学センサーの電圧バイアスと測定ベースラインを回路に決定します。Rload負荷抵抗はセンサー自体の特性に関係し、Rtiaは電流から電圧への回路の増幅率を決定し、Rfilterは信号の応答速度を変えることができます。この3つの抵抗は精密なデジタルポテンショメーターと同じ役割を果たします。

図11:設定可能な定電位回路のパラメーター
図11:設定可能な定電位回路のパラメーター

コンフィギュレーションパラメーターは、定義された16進コードのプロトコルを介してMCUM355に送ります。このプロトコルとその仕様の一例を図12に示しますが、その本体には前述の5つのパラメーターの設定値が記載されています。先に述べたように、MCUM355には、低消費電力の定電位回路が2つ同じセットで搭載されているため、命令にはターゲットチャンネルのシリアル番号も含まれています。プロトコルの5つのパラメーターのそれぞれの異なるコードは、対応するコンフィギュレーション値を表しており、コンフィギュレーションの手順は、MCUM355に付属するユーザーガイドに記載されています。

図12:コンフィギュレーションパラメーターコマンド

ユーザーがコンフィギュレーションパラメーターコマンドを送信すると、MCUM355は更新されたばかりのコンフィギュレーション情報をフィードバックして動作を一時停止し、図13に示すように、モジュールのリセットが必要であることをユーザーに促します。この時点で、設定情報はモジュールの内部フラッシュ空間に保存されており、モジュールはプログラムコードを再実行する必要があります。そして、フラッシュから最新のコンフィギュレーション情報を読み取り、内部回路を制御して新しいパラメーターに到達させた後、測定プログラムの実行を開始します。

図13:コンフィギュレーションパラメーターコマンドの応答

MCUM355が測定モードで動作しているとき、ユーザーはいつでもモジュールにモード変更コマンドを送ることができます。図14に示すように、ユーザーがモジュールをEIS測定モードに変更するコマンドを送ると、モジュールはただちに電気化学の両チャンネルのEIS測定プロセスを開始し、デフォルトのプログラムファームウェアでは、単一チャンネルの測定のためにEIS測定の周波数ポイントを100Hzから200kHzに分配し、約15秒でEIS測定を開始します。EIS測定モードでは、ユーザーが通常の測定モードに戻るようにモジュールにコマンドを送るまで、モジュールは2つのセンサーチャンネルを交互に測定し続けます。一般的に、電気化学センサーのEIS測定は短期間に1回だけおこなうことが望ましいとされています。測定プロセスでは、小さな振幅の正弦波信号を使用してセンサーを擾乱し、電極上で酸化と還元が交互に起こる2つの反対のプロセスをおこなうため、短期間では電気化学センサーの動作状態に影響を与えることはありません。EIS ACの擾乱信号をより長く印加すると、センサーの内部応答が乱れ、センサーの出力が飽和するなどの異常が発生し、正常な状態に戻るまでに時間がかかる恐れがあります。

もちろん、一部のアプリケーション(バイオインピーダンス分析など)では、電極は分析用の測定データを得るために連続的なEIS測定プロセスを必要としますが、その場合、ユーザーは図14に示す出力EIS結果を直接利用することができます。

図14:EIS測定モード

まとめ

本記事では、ADIのプラットフォームチップ「ADUCM355」をベースにした多機能電気化学モジュール「MCUM355」を紹介しました。このモジュールは、ガス検知、水質検査、バイオ分析、食品検査などに使用でき、高い集積度と超低消費電力を実現しています。ガスや水質のアプリケーションでは、MCUM355とセンサーとの接続方法、動作方法などが紹介されており、ユーザーは自分の設計に適用するか、あるいは他の電気化学センサーのアプリケーション開発に移行することができます。MCUM355は、コマンドとデータのやり取りにシリアルインターフェースを利用しており、開発およびデバッグに活用しやすいため、ユーザーが電気化学製品を迅速に構築するのに役立ちます。また、EIS測定機能を内蔵しているため、センサーの寿命予測や電極の解析など、より高度なアプリケーションを実現でき、モジュールの用途をさらに広げることができます。

アプリケーション例

・ガス検知

・水質検査

・バイオ分析

・食品検査

水質検査 水質検査
バイオ分析 バイオ分析
食品検査 食品検査

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