第四回 DC/DCコンバーター回路でのMOS-FETの選定方法(前編)

本連載は、コンバーターICの評価ボードのリファレンス回路を題材に、各種ディスクリート部品の選定における重要な特性について解説します。
解説をする際に、個々の特性についてLTspice を用い、部品の定数または、部品自体を変えて、回路上での変化をシミュレーション波形や算出した値で確認を行い、特性と回路の関係を解説します。

今回は、DC/DC コンバーター回路に必要な MOS-FET の選定方法について、 MOS-FET の特性が与える影響等を、シミュレーションを用いて確認しながら解説していきます。今回も前編・後編の2回に分けて解説を進めていきます。

また、解説の際に用いるLTspice や評価キットなどは以下をご参照ください。

【LTspice のダウンロード / 使い方について】

LTspice ダウンロードページ(Analog Devices 社ホームページにリンクします)

*LTspice の使い方について知りたいという方は以下の当社記事をご確認ください。

LTspice を使ってみよう!

目次

前編

はじめに:MOS-FETの種類 
電源回路での MOS-FET の役割
電圧、電流定格

後編

・ゲート・ソース間電圧: VGS
・ドレイン・ソース間 ON 抵抗: RDS(ON)
・ゲート総電荷量: Qg特性

はじめに:MOS-FETの種類

MOS-FETとは金属酸化膜半導体(Metal Oxide Semiconductor)と電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor)を組み合わせた英文の頭文字を取ったものです。アナログアンプのようにアナログ素子としても使えますが、スイッチング電源回路ではスイッチング素子として使用します。
MOS-FETには、NチャネルMOS-FETとPチャネルMOS-FETの2種類があります。

ソースに対してゲートに正の電圧を印加するとオンするのがNチャネルMOS-FETで、ソースに対してゲートに負の電圧を印加するとオンするのがPチャネルMOS-FETです。
NチャネルMOS-FETPチャネルMOS-FETも電源回路に使用されますが、一般的にはPチャネルに比べて、Nチャネルの方が、オン抵抗が低い傾向がある点や、品種の多さからNチャネルMOS-FETの方が良く用いられています。
さらに、エンハンスメント(ノーマリーオフ)型とデプレッション(ノーマリーオン)型に分類されます。エンハンスメント型はゲート電圧を印加すると電流が流れ、デプレッション型はゲートが負の電圧時でも、ある程度電流が流れます。

本記事では、NチャネルMOS-FETのエンハンスメント型を題材にして解説します。

1.電源回路での MOS-FET の役割

本連載の第1回目で解説した非同期整流の降圧コンバーターでは、ハイ側スイッチがオフしている期間にダイオードが出力側へ電流を供給するための整流動作を行います。すなわち、ダイオードはロー側スイッチとしての機能を担います。
しかし、その際にダイオードの順方向電圧(VF)は損失となり、電源回路の効率に影響します。また、ダイオードのオン・オフ時のスイッチングの際にも損失が発生します。オフ後に電流は、ある一定量逆方向に流れます。その電流が大きければ大きいほど損失も大きくなります。(詳しくは、本連載の第1回目を参照してください。)

連載「第1回 非同期整流コンバーター回路でのキャッチダイオードの選定方法」の 「1.ダイオードの役割と、コンバーターICへの影響」の図(再掲載)
連載「第1回 非同期整流コンバーター回路でのキャッチダイオードの選定方法」の
「1.ダイオードの役割と、コンバーターICへの影響」の図(再掲載)

ダイオードに代わってオン抵抗の低いパワーMOS-FETを使い、さらにハイ側スイッチとしてもオン抵抗の低いMOS-FETを用いて、2つのパワーMOS-FETを交互にオン、オフするように同期させることにより、低損失のコンバーターを実現することができます。

下図においてQ1MOS-FETがオンの時には、Q2MOS-FETはオフしています。また、Q1がオフしている時にはQ2がオンして、Q1Q2で交互に電流を供給します。
このようにQ1Q2が同時にオンしないように同期して動作すれば、低損失の電流スイッチング回路が実現できます。


MOS-FETをスイッチング素子として使用する場合に、MOS-FETの特性を良く考慮して素子の選定を行う必要があります。その際に重要になる特性は、次のような項目が挙げられます。

《ポイント》

  1. MOS-FETを使うと、低損失の電流スイッチングが可能。
  2. MOS-FETを選定する時の重要な特性は次の通り。

2.電圧、電流定格

パワーMOS-FETに流すことが可能な電流や、印加可能な電圧、さらに電力損失などの最大許容値は最大定格値として規定されています。
回路を設計する際に最大定格を考慮しないと、パワーMOS-FET を有効に動作させるどころか、ダメージを与えて寿命を短くしたり、最悪MOS-FETを破壊したりします。
目標仕様とする稼働時間に十分高い信頼度で動作させるためにも、最大定格値を守ることは非常に重要なことです。

定格値として規定されている主な項目は、「ドレイン電流」、「端子間電圧」、「電力損失」、「ジャンクション温度」、「保存温度」などがありますが、特に次に示す各特性が定格値を超えないように考慮してパワーMOS-FETを選定しなければなりません。
また、これらの特性は相互に密接な関係があるので、個々の特性としてではなく、総合的に検討する必要があります。

(1)ドレイン・ソース間電圧:VDSS

ゲート・ソース間が短絡状態での、ドレイン・ソース間に印加できる電圧の最大値です。
定格以上の電圧が加わると、ブレークダウン領域に入って MOS-FETがダメージを受け、信頼性を損なう場合があります。最悪の場合はMOS-FETが破壊します。

(2)ドレイン電流:ID

ドレイン、ソース間に連続的に流すことができる直流電流の最大値です。
IDは、ドレイン・ソース間オン抵抗によるパワー損失で制限を受けます。そのため、放熱条件によっても左右され、ジャンクション温度が定格を超えない電流値を設定し、その電流値以下で使用しなければなりません。また、損失制限以外に、パッケージの通電能力、最大ジャンクション温度や安全動作領域などでも制限されます。

(3)ゲート・ソース間電圧:VGS

ゲート・ソース間に印加できる電圧の最大値です。
定格は、ゲート酸化膜の耐圧に起因します。実用的な電圧や信頼性を考慮して、定められています。

(4)許容損失:PD

許容される電力損失の最大値です。理想的なスイッチング動作時、MOS-FETのオフ時は電流が流れず、またオン時は電圧がかからないので、理論的には電力損失(電圧×電流)発生しません。
しかし、実際の場合、オン時はオン抵抗がドレイン・ソース間に存在し、損失の原因になります。
オン抵抗は数十以下の低い場合でも、大電流が流れると看過できません。
また、ゲート電圧がしきい値電圧を充分上回らないとオン抵抗は増えます。
このほかスイッチングの遷移時に電流・電圧が中間的な状態になることなども損失の原因となります。

これらの特性の中で、電圧、電流特性に関しては、安全動作領域 (SOA Safe Operating Area)という規定があります。SOAASO(Area of Safe Operating)と呼ばれている場合もあります。
SOAの横軸はMOS-FETのドレイン・ソース間電圧(VDS)、縦軸がドレイン電流IDのグラフで記載されます。横軸と縦軸の両方とも対数軸です。

ほとんどのMOS-FETのデータシートには下図のようなSOAが記載されています。
この図の中で、水色で示した領域がSOA、すなわちMOS-FETが安全に動作できる領域です。

MOS-FETの安全動作領域(イメージ図)
MOS-FETの安全動作領域(イメージ図)

《ポイント》

  1. 使用する回路上で、下記の各定格値を超えないように選定する。

  ■ ドレイン・ソース間電圧:VDSS

  ■ ドレイン電流:ID

  ■ ゲート・ソース間電圧:VGS

  ■ 許容損失:PD

2. 電圧、電流特性には安全動作領域 (SOA Safe Operating Area)という規定があり、その範囲内で使用する。

ディスクリート部品の特性を理解して回路設計技術を向上しよう!

昨今、製品の早期市場投入のため設計期間がタイトになっています。実績あるデザインやリファレンスデザインを活用しても、回路最適化のためディスクリート部品の選定はしなければなりません。その時、拠り所となる選定方法をこの技術記事でお伝えします。