ブログをご覧のみなさん、こんにちは。期待の新人FAE、月山習です。
私は2025年度、新卒FAEとしてマクニカに入社し、研修の一環として、迷路脱出マシンの製作を行いました。3月まで物理学を専攻していたのですが、如何せん電気電子の知識が乏しいため、かなり苦戦しました。そこで本ブログでは迷路脱出マシンの製作において、特に苦戦した内容や学んだ内容について紹介させていただきます。
まず、迷路脱出マシンとは?について簡単に説明しますと、自身のマウス(ミニカー)を迷路の中で走らせ、ゴールを目指す競技のことです。
迷路脱出マシンの図
製作実習では、電源ICの選定から回路図作成、基板設計、実装まで全て自力でおこないました。今回の第1話では、電源設計をおこなうにあたって私が採用した電源ICであるLT8609Aについて書かせていただきます。初めてデータシートを読んだ際、新人の私には内容を理解するのにかなりの時間がかかりました。そこで私が部品選定を通じて学んだデバイスの各ピンの機能について、初心者向けに説明させていただきます。初めて電源ICを見る方や電源設計初心者の方の参考になればと思います。
LT8609Aについて
いきなりLT8609Aという名前を出してしまったのですが、まずはこの電源ICにどのような特徴があるのか、について説明します。
LT8609の基本的な説明
簡単に説明しますと、アナログ・デバイセズの小型・高効率・高速スイッチングが特徴の同期整流式降圧(Buck)レギュレーターです。
もう少し詳しい特徴は以下にまとめます。
LT8609A 特徴(Features)
・広い入力電圧範囲:3.0V~42V
・高効率:93%超えの効率(12V入力、5V/1A出力時)
・最大連続出力電流:3A
・短いMinimum On Time:45ns
・調整可能および同期可能な周波数:200kHz~2.2MHz
・低EMIを実現するスペクトラム拡散変調(*)
ここで、(*)について少し補足させていただきます。
(*)低EMIのスペクトラム拡散変調とは
スイッチング・レギュレーターはスイッチング動作に応じてEMI(Electro-Magnetic Interference)ノイズが発生しますが、一般的には特定周波数成分に強いピークが立ちます。ここでスペクトラム拡散変調の出番です。スペクトラム拡散変調とはEMIノイズのピークを周波数帯域に薄く広げ、ピーク値を下げる技術のことです。
続いて、LT8609Aの主なピン機能について説明します。ここのピン機能に関しては、私自身、理解にかなり時間がかかりました。順を追って、私なりに分かりやすく説明させていただきます。
LT8609Aのピン機能
まずはLT8609Aのピンに何があるのか、について見ていきます。以下にピン配置と、標準的な推奨回路図を貼ります。
LT8609Aのピン配置
標準的な推奨回路
ピン機能まとめ表
|
番号 |
ピン名 |
機能 |
説明 |
|
1 |
BST |
ブートストラップ |
ハイサイドMOSFET駆動用の ブートストラップコンデンサー接続 |
|
2 |
SW |
スイッチング |
内部MOSFETの出力 |
|
3 |
INTVcc |
内部LDO出力 |
内蔵の3.5Vレギュレーター |
|
4 |
RT |
周波数設定 |
スイッチング周波数を設定 (抵抗を接続) |
|
5 |
SYNC |
同期入力 |
外部クロック同期 or SYNC/MODE設定 |
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6 |
FB |
フィードバック |
出力電圧を設定する抵抗分圧の入力 |
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7 |
TR/SS |
ソフトスタート |
出力電圧の立ち上がり時間を設定 (コンデンサー接続) |
|
8 |
PG |
パワーグッド |
出力電圧の正常を示す オープンドレイン出力 |
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9 |
VIN |
電源入力 |
主電源入力端子 |
|
10 |
EN/UV |
イネーブル/UVLO |
ON/OFF制御、UVLO設定 |
|
11 |
GND |
GND |
基準 GND |
次に、ピンごとの詳細を解説します。
各ピンの詳細
1. BST (Bootstrap)
ハイサイドスイッチ(内部MOSFET)を駆動するためのブートストラップコンデンサーを接続する端子。SW–BST 間に 0.1µF 程度のコンデンサーを接続するのが基本。 SW動作を利用し、BSTのコンデンサーに蓄えられた電荷を、ハイサイドドライバーに供給する。
2. SW (Switch Node)
内部 MOSFET とインダクターの接続点であるスイッチングノード。0V→Vinの間を高速にスイッチングするため、急峻な電圧変化(dV/dt)が発生する。 EMI が最も出るポイントのため、インダクターをできるだけ SW ピン近くに配置する。
3.INTVcc
制御回路・ゲートドライバーに電力を供給するための3.5V内部LDOである。外部に1µF~4.7µF程度のコンデンサーが必須となる。
4.RT(Run Time frequency setting)
スイッチング周波数を設定する抵抗を接続するピン。 周波数範囲は200kHz ~ 2.2MHzである。
5.SYNC
外部クロック入力による同期運転、または動作モード設定に使うピン。
・外部クロック同期
外部のクロック信号を入力すると、スイッチング周波数が外部のクロックに同期する
・動作モード
- GNDと接続すると、Burst Mode
- INTVcc or 3.2V-5.0Vに接続すると、Pulse Skip Mode
6.FB(Feedback)
出力電圧を決めるフィードバック入力。ピンの電圧は0.782Vに安定している。0.782Vを基準に分圧抵抗を用いて出力電圧を設定。
7.TR/SS(Tracking / Soft-Start)
起動時のソフトスタート時間あるいは別電源のトラッキングを設定するピン。
・コンデンサーを接続すると、立ち上がり時間を設定可能。
→起動時の突入電流を抑制、出力のオーバーシュートを防止できる。
・ 外部基準電源を与えると、その電源に追従して立ち上がる(Tracking)。
8.PG(Power Good)
出力電圧が規定値に達したことを示すオープンドレインのステータス出力。
・ High → 出力電圧が正常
・ Low → UVLO / OCP / Thermal Shutdown のときも Low
プルアップ抵抗の接続は必須(INTVcc または外部3.3V/5Vなど)。
9.VIN
入力電源端子で、動作範囲は 3.0〜42V。
入力コンデンサー(最低 4.7μF)を極力近くに設置し、パワーラインのループを最小にする必要がある。
10.EN/UV
Enable(有効化)+ Under Voltage Lockout(低電圧ロックアウト)設定端子。
・Enable
1V付近(上昇時1.05V, 下降時1.00V)が ON/OFF のしきい値
→ONになるとスイッチングを開始し、OFFになるとシャットダウンする。
・UVLO
VINを抵抗分圧して、Vinが低い時に誤動作しないように最低動作電圧を設定することができる。不使用で常時ONの場合は、EN/UVピンをVINピンに接続する。
11.GND(Exposed Pad)
基準 GNDとなり、電気的GNDかつ放熱の役割を持つ。
以上が各ピンの機能や役割説明です。
総括
私が初めてデータシートを読んだ時はICの特徴(Features)の部分しか理解できておらず、細かいピンの役割は理解できていませんでした。特にTR/SSやEN/UVのピンは理解できていなくても、デバイスを動かせると思っていました。しかしどのような役割を持っていて、どのような設計が望ましいかを理解しないと、何処かで誤動作が起きます。
ただ、いきなり30ページもあるデータシートを全て理解するのは、初心者の方にとってかなり難易度が高いと思います。その中で私と同じく、初めてデータシートを読む方に向けて、LT8609について私なりにまとめさせていただきました。何かの参考になれば幸いです。
次回は、LT8609の実装、オシロスコープでの測定結果を考察したいと思います。今回と比べ、より実践的な内容となりますので、LT8609を初めて扱う方は次回のブログも見ていただければと思います。それでは、また次のブログで会いましょう。