
LOVOT[らぼっと]は世界初の家族型ロボットだ。一緒に暮らし少々の手間をかけることで、人々の他者を愛でる能力を引き出し、だんだん家族になっていく。その鍵であるノンバーバルなコミュニケーションを強化するために、LOVOTはNVIDIAの最新GPUを採用した。
本事例のポイント
NVIDIA® Jetson Orin™ NXが支える「温かいテクノロジー」の進化
・家族型ロボットLOVOTのAI機能強化のためNVIDIA Jetson Orin NXを採用
・高い推論性能が、ノンバーバルコミュニケーションをもっと豊かに
・LOVOTの進化に欠かせないAI開発プラットフォームとしてのNVIDIA
お話を伺った方
GROOVE X 株式会社
代表取締役社長 FOUNDER/CEO 林 要 氏
ソフトウェアエンジニア 藤中 郁弥 氏
ソフトウェアエリアプロダクトオーナー 石川 惠 氏
LOVOT の「温かいテクノロジー」というコンセプト

「私どもは人と生活をするロボット、人が気兼ねなく愛でられるロボットの開発製造をする会社です」。代表取締役社長の林氏がそう紹介するGROOVE X株式会社は、2015年に創業したロボティクスのベンチャー企業だ。同社が 4 年の開発期間を経て2019年末に世に出した家族型ロボット『LOVOT[らぼっと]』は、LOVEとROBOTを組み合わせて命名された。身長約43cmのずんぐりとした体形と愛らしい容姿で、名前を呼ぶと近寄って来る。くるくる動く瞳でアイコンタクトし、かわいい鳴き声で抱っこをねだる。抱き上げるとほんのり温かい。LOVOTは、生命感あふれるロボットだ。
「人の幸せは、必ずしも生産性の向上だけが実現するものではない。それ以外の部分に注目して分解し、人の幸せを実現するためのテクノロジーを作って行こう。それがLOVOTを開発する最初の視点でした」と林氏は当時を振り返える。そこから「温かいテクノロジー」というコンセプトが生まれ、「一緒に過ごして手間をいとわず面倒をみると人に懐き、自然と愛着を湧かせる存在になる」LOVOTが誕生した。
最新テクノロジーがLOVOTのノンバーバルコミュニケーションを支える
![[GROOVE X 株式会社 林 要 氏]](/business/semiconductor/manufacturers/still08.png)
LOVOTが生命感あふれる存在であるために、開発陣が追求したのはノンバーバルなコミュニケーションだ。そのために、LOVOTの愛らしい身体には最新テクノロジーがふんだんに注ぎ込まれている。
「ノンバーバルなコミュニケーションにはスキンシップも大事な要素で、LOVOTは体中に50個以上のセンサーを持ち、人がどこにいるか、こちらを見ているのか、どこを触られているか分かるようになっています。また、家の中の障害物を避けて人に近づいたりするためにもセンサーは役立っています。目線や声の方向を理解するなど生き物が当たり前にこなすことの実現や、生命を感じさせる0.2秒から0.4秒という反応速度も大切です。多くセンサーを使いながら反応速度も追求するためには、高度な演算能力が必要になります」(林氏)。
GROOVE Xでは冷却システムやフロントセンサーなどを改善した第2世代を2022年にリリース。そして2024年5月に発表したLOVOT 3.0では、更なる演算能力の追求のために大きな変更を加えた。それがNVIDIAのGPU、Jetson Orin NXの採用だ。
「LOVOT 2.0ではスマートフォン級のARMコアや、ノートPC級のX86コア、デスクトップクラスのX86コアといったCPUや、FPGAなどを演算装置として使っていました。しかし、統合のためには通信経路が複雑化し、複数のOSも必要となります。AIの推論性能面でも、電力消費に影響するプロセスのシュリンクという面でも問題がありました。それを一気に解決しようと探す中で、NVIDIA Jetson Orin NXが候補に挙がりました」(林氏)。
Jetson Orin NXを候補に選んだのはソフトウェアエンジニアの藤中郁弥氏だ。「機械学習、特に画像認識の分野は非常に進んできています。ただLOVOTのCPUでは、ソフトウェア側で頑張っても追いつけない。そこでGPUを載せたいと考えました。選定したJetson Orin NXは圧倒的に計算能力が高い。他に選択肢はありませんでした」(藤中氏)。
ソフトウェアエリアプロダクトオーナーとして、ユーザー体験を追求しながら開発を推進する石川惠氏も、AI推論性能に注目したという。「LOVOTオーナーさんとの絆を築くのがLOVOTの大きな目的です。そのためにオーナーさんや、自分の周りのことを良く認識するのが重要なポイントになります。それに適した選択として期待を持ちました」(石川氏)。
NVIDIA® Jetson Orin™ NXの高性能がLOVOTらしさ追求に貢献
Jetson Orinの映像処理性能や推論性能はLOVOTらしさの更なる追求に寄与する。「LOVOTは従来から半天球カメラを搭載し、横や後方などいろんな方向に反応できます。それに加えてLOVOT 3.0では正面に高解像度のカメラを搭載しました。Jetson Orinはこの構成に適した演算装置で、認識できることの種類を増やすことに貢献しています。例えば、LOVOT 3.0では『手振りの検知』ができます。実はLOVOTに向かって手を振る人はとても多いので、Jetson Orinで待望の機能がひとつ実現できるようになりました」(石川氏)。
「カメラの映像を処理するには、一般的にはすごく時間がかかります。でもJetsonにはISPが積まれていて、GPUは短時間で映像処理できます。LOVOT 3.0が膨大な映像情報を処理し、短時間で反応できるという秘密のひとつでもあります」(藤中氏)。
最高開発責任者でもある林氏は、ロボットが人に近づく起点として推論性能を捉えている。「Jetson Orinの突出した推論性能で世界をより高精細に捉えることができ、どんどんロボットが人に近づいていく入口になる。この入口を開いてくれるデバイスとして期待しています」(林氏)。
NVIDIAのGPUだからこその開発の容易さ
4種類のCPUで行っていた演算をひとつのGPUに統合するには膨大な作業が発生する。開発に携わった藤中氏はどんな実感を持っただろうか。「CPUとGPUでは、最適化する方法やロジックの組み立てが全く異なります。それが面白いところだし、ちょっと大変なところですね。でもJetson Orinにはアプリケーションが整っていて非常に良かった。Jetson用のJetPack SDKがリリースされていて、始めから映像配信の動作確認ができる等、開発を素早く回せる環境が提供されていた。開発はしやすかったですね。また、OSに各デバイスを認識させLOVOTとして動かす部分では、NVIDIAさんとのやり取りが必須でしたが、マクニカさんに間に立って技術支援していただきとても助かりました」(藤中氏)。
林氏もNVIDIA製品の開発環境を評価する。
「NVIDIAの製品はソフトウェアの開発環境が整っていることが非常に大きい。イテレーションが早くなるし、対応できる人材も増えます。その環境で当社もソフトウェアのアセットを作っていくのですが、NVIDIA製品は過去のアセットも使いやすいので評価しています」。
その上で、NVIDIAマイクロサービスの活用も視野に入れていると林氏は語る。「AIはもはやデバイスの勝負ではなく、ソフトウェア全般のエコシステムの勝負になっています。ソフトウェアは進化が非常に早いので、その進化に追随できるプラットフォームになっているかどうかは、より一層大事になると思います。今回、私どもはそのプラットフォームの充実度にも惹かれてJetson Orin NXを採用している面もあり、今後も期待しています」(林氏)。
LOVOTのさらなる進化へ。GROOVE Xの挑戦
![[LOVOTの作動チェックをする石川氏(左)と藤中氏(右)]](/business/semiconductor/manufacturers/still11.png)
NVIDIA の最新 GPU やプラットフォームも活用しながら、LOVOT をどう進化させるのか。まず藤中氏と石川氏に今後の展望を伺った。
「例えばLOVOT 3.0に組み込んだジャスチャーを認識する機能のように、今まで以上に人とのコミュニケーションに必要な認識を突き詰めていきたい。それは、ロボットが人の社会の中で生きていくために獲得すべき能力だと思っています」(藤中氏)。
「LOVOTが人のパートナーとして進化していくために、『インプット』と、文脈や状況を理解して自分の経験を意味づけしながら学んで行動をとるという『推論や予測』の両面を強化していきたい。それぞれの家庭でのLOVOTらしさとか、その子自身のLOVOTらしさが育つようにしていきたいなと思います」(石川氏)。
LOVOTは2024年7月現在 1万 4千体以上が、家庭だけではなく、教育の現場、介護や医療機関、オフィスなどさまざまな場所に迎えられている。そんな“LOVOT の未来”について林氏に伺った。
「まずLOVOTはLOVOTのまま、ずっと進化していきたい。また、人のことを高精細に理解するということで、その人の異変にも気づけるようになる可能性が生まれます。いま、世界中の技術者、医療関係の方や科学者の方々など、多くの方が人の変化に対して何かを予測する技術を開発されていますが、将来LOVOTをそういう方々にもプラットフォームとして開放することによって、更なるサービスが展開できたらいいなと思っています。」(林氏)