近年、自動車、鉄道、エネルギーシステム、産業機器業界など各方面から高電圧・大電流を取り扱うパワーデバイスに対しての要求が高まりつつあります。パワーデバイスと聞いて、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)を思い浮かべる方が多いかもしれません。また、既にIGBTを設計に取り入れているという方も多いかと思います。ご存じの通り、IGBTはシリコンを材料としたMOSFETとバイポーラトランジスタを組み合わせた半導体製品で、MOSFETとバイポーラトランジスタ、それぞれの欠点を補うようなかたちで開発されたという背景があります。IGBTでも見られるようにシリコン半導体は長い歴史の中で進化し続けてきました。しかし、ここにきてシリコン半導体の大幅な特性改善は限界に近づいてきたという声が聞かれるようになってきました。

シリコンを材料とした半導体製品の限界が見えてきた一方で、市場の要求は更に高くなっています。そんな中、SiCなどIGBTに変わる新たなパワーデバイス技術への移行が進みつつあります。

※本記事で記載するIGBTはシリコン材料を前提に記しています。

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パワーデバイスへの要求が高まる

なぜ、SiCなのか?

IGBTのシリコン材料とは別物

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先ほど、SiCはIGBTに変わる新たなパワーデバイス技術と書きましたが何が違うのでしょうか?まずは、このあたりから話をはじめます。

IGBTは、一般的な半導体で使われるシリコンをベースにしています。シリコンは地球上にありふれた元素であり、安定したダイヤモンド構造をしているので半導体の材料として非常に重宝されてきました。

一方、SiCは、シリコン(Si)と炭素(C)で構成される化合物半導体材料です。シリコンに比べ、更に結合力が強く、熱的、化学的、機械的に安定している物質です。

IGBTとSiCでは、そもそも材料が違います。

材料が違うので、当然 物性が違う

IGBTとSiCでは、そもそも材料が違うということは、当然、物性が違います。物性が違うということは、デバイスの特性に大きく影響を与えることになります。

ここでは、各材料の物性について話します。半導体で最も良く使われるシリコン(Si)に加え、注目のシリコンカーバイト(SiC)、それと、新材料としてよく聞かれる、ヒ化ガリウム(GaAs)、窒化ガリウム(GaN)も合わせて比較してみます。それぞれどんな特長があるか違いを確認してみます。

半導体素子に使用される材料の物性
特 性 Si 4H-SiC GaAs GaN 単 位 用途例
結晶構造 ダイヤ 六方晶 せん亜鉛鉱 六方晶 -  
バンドギャップ:Eg 1.12 3.26 1.43 3.5 eV 高温動作、発光波長
電子移動度:μn 1400 900 8500 1250 cm2/VS 高周波デバイス
正孔移動度:μp 600 100 400 200 cm2/VS  
破壊電界強度:EB 0.3 3 0.4 3 (V/cm)X106 パワーデバイス
熱伝導率 1.5 4.9 0.5 1.3 W/cmK 高放熱特性
飽和ドリフト速度:VS 1 2.7 2 2.7 (cm/s)X107 高周波デバイス
比誘電率:εS 11.8 9.7 12.8 9.5 -  
p,n制御 -  
熱酸化物 × × - MOS構造

 

上の表で、まず注目してもらいたいのが黄色でハイライトしたSiと4H-SiCの比較です。特にパワーデバイスにとって重要となるパラメータは青色で示してありますが、シリコンに比べ、すべての項目で優れた物性を持っていることが分かります。
※SiCには様々な結晶多系があり、中でも4H-SiCがパワーデバイス向けに最適とされています。

他の新材料(GaAs、GaN)もシリコンに比べ優れた物性を持っています。しかし、SiCはシリコン同様にデバイス製造に必要なp型、n型制御が広い範囲で可能であるという大きな特長を持っており、この点からもシリコンにかわるパワーデバイスの材料としてはSiCが有力だと言えます。

一般的には、

  • SiCは、モーター駆動などの高耐圧・大電流用途で有利
  • GaAsは、高速動作向きで、高周波デバイスで有利
  • GaNは、スイッチング電源などの小型・高周波用途で有利

と言われています。

バンドギャップが広いメリット

表中のバンドギャップについて、もう少し詳しく説明します。

バンドギャップは動作上限温度を左右する重要な特性です。温度が上昇すると熱エネルギーによって電子が遷移するという現象が生じます。バンドギャップが広いと、電子が遷移するためにはより高い熱エネルギーが必要なるので、高温動作が可能になります。

もう一度、シリコンとSiCの値を確認してみると、シリコン1.12eVに対して、SiCは3.26eVと約3倍広い値です。当然、バンドギャップの広いSiCの方が、高温環境でも動作可能であるということが言えます。現状、パッケージの耐熱の問題でSiCデバイスの保障温度は150-175℃程度のようですが、パッケージの問題が解決すれば動作保障200℃以上という製品もでてくる可能性もあります。

以上のようにバンドギャップが広いということは、高温動作が可能ということになります。

破壊電界強度が高いメリット

つぎは、破壊電界強度です。

通常、耐圧を高くする場合ドリフト層を厚くする必要があります。しかし、ドリフト層を厚くすると抵抗が大きくなるというデメリットが生じます。
破壊電界強度が高いSiCはシリコンに比べ薄い膜厚ですみ、結果、単位面積当たりのオン抵抗が非常に低い高耐圧デバイスを実現することができます。

一方、シリコンは耐圧を高くするためドリフト層を厚くする必要がありますが、オン抵抗が高くなってしまいます。オン抵抗が高くなる問題の対策として、IGBTはMOSFET後段にバイポーラトランジスタ組み合わせ、問題を回避するように考えられました。しかし、残念ながらバイポーラトランジスタのスイッチング損失が大きいという新たな課題が残ってしまいました。

以上のように破壊電界強度が高いということは、高耐圧デバイスを低オン抵抗で実現できるということになります。

パワーデバイスの本命はSiC

如何でしたか?今まで述べてきたようにIGBTでの特性改善は限界に近づいており、新たな材料への移行は必須です。新材料の中でもSiCを使いパワーデバイス用のショットキーバリアダイオードやMOSFETを作ると「高耐圧」「低オン抵抗」「高速」と今までのシリコンでは実現が難しかった課題を同時に実現することが可能になります。結果、システムの小型・軽量化・電力損失低減に大きく貢献することになるのです。

以上の理由から、Siの限界を超える次のパワーデバイスとしてSiCに大きな期待が持たれています。


本記事の内容はローム社の資料を参考に作成しましたが、この中で、モータースポーツのオフィシャル・テクノロジー・パートナーとして活動していることを知りました。1/1000秒を競う中で生み出された技術やノウハウは、更に高性能なSiCデバイスが生み出されることでしょう。

ローム社のモータースポーツへの取り組みは、こちらの動画で見ることができます。

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