スマートフォンから電動工具、電動アシスト自転車、産業機器まで、あらゆる機器がリチウムイオン電池で動く時代になりました。リチウムイオン電池は高性能である一方、使い方を誤ると発熱・発火・爆発につながる危険性もあわせ持っています。そこで欠かせないのが「バッテリー管理IC」です。本記事では、バッテリー管理ICの基礎から、ルネサス エレクトロニクス(以下、ルネサス)が展開する FGIC(Fuel Gauge IC)の特長・製品ラインアップ・導入を容易にするソリューションまで、順を追ってご紹介します。
1. バッテリー管理ICとは?
バッテリー管理ICとは、バッテリーの状態を監視するために使われる集積回路(IC)です。主な目的は、次の2つに集約されます。
・バッテリー残量の正確な計測・表示
・保護機能によるバッテリーの安全確保
どこで使われている?
バッテリー管理ICは、スマートフォンやノートPC、電動工具、掃除機、電動アシスト自転車、蓄電システム(ESS)、無停電電源装置(UPS)など、バッテリーを搭載するあらゆるアプリケーションで使われています。アプリケーションによって電池の直列セル数(=電圧)は大きく異なり、1セルから20セル超まで幅広い領域をカバーします。
・低電圧(1セル):スマートフォン、補聴器、TWSイヤホン など
・中電圧(4セル前後):ノートPC/タブレット、POS端末、医療機器、AED など
・高電圧(10セル前後):電動工具、掃除機、電動アシスト自転車、蓄電システム、UPS など
・大電力(20セル超):AGV/フォークリフト など
これらのバッテリー管理ICは、主にバッテリーパックシステムに組み込まれる形で搭載されます。
図1 バッテリー搭載機器の電圧・容量別アプリケーション例
出典:ルネサス エレクトロニクス株式会社「PB078_ROB-K-25-0089_FGIC_Basic.PDF」P9
バッテリー管理ICの種類
バッテリーパックシステムの構成は、大きく3種類に分けられます。
- 保護ICのみ:基本機能(FETオフ、ヒューズ溶断による保護のみ)。低電力・シンプルな用途(玩具、携帯電話、ポータブル機器など)向け。高度なバッテリー管理には不向き。
- AFE+MCU(2チップ構成):AFE(アナログ・フロント・エンド)とMCUを組み合わせた多機能・高拡張性の構成。マルチセル・ハイパワー用途(車載、産業、電動工具、電動自転車など)向け。一方で、BOM・PCB面積の増加やBMS設計の複雑化が課題。
- AFE+MCUを1パッケージに統合(=FGIC):多機能でありながらBOM削減・PCB省スペースを実現。用途ごとに最適な製品を選ぶことで、統合による拡張性の制約を補います。
※AFE(アナログ・フロント・エンド)とは、アナログ信号をデジタル信号へ変換する初段の処理を担う回路ブロックを指します。
本記事で紹介するルネサスのFGICは、3番目の 「AFE+MCUを1パッケージに統合した」タイプ に該当します。
図2 バッテリーパックシステムの構成比較
出典:ルネサス エレクトロニクス株式会社「PB078_ROB-K-25-0089_FGIC_Basic.PDF」P13
2. なぜバッテリー管理ICが必要なのか?
理由①:リチウムイオン電池の「安全性」を確保するため
リチウムイオン電池は他の電池に比べて高性能ですが、使い方を誤ると最悪の場合、発熱・発火・爆発を引き起こすおそれがあります。非純正バッテリーの発火事故なども報告されており、取り扱いには十分な注意が必要です。
バッテリー管理ICは、こうしたリスクに対して、ハードウェアとソフトウェアの両面から多層的な保護を実現します。具体的には次のような機能があります。
・ヒューズによる物理保護(永久故障制御)
・FETによる充放電制御・保護
・過電圧/低電圧・セルアンバランス検出、フル充電/フル放電検出
・温度モニタリング
・過電流保護/短絡検出、容量計算、劣化検出
これらを組み合わせることで、保護ICよりも高いレベルの安全性を維持します。バッテリーを安全に管理することは、ユーザーの安全を守り、製品の信頼性を高めること に直結します。
理由②:バッテリー残量を「正確に」検知するため
リチウムイオン電池は、放電が進んでも電圧が一定の割合で下がるわけではありません(電圧-容量特性が非線形)。そのため電圧だけを見ても、正確な残量(SOC:State of Charge)を判断するのは困難です。
バッテリー管理ICは、リアルタイムの電圧監視に加えて 電流積算(クーロンカウンティング) やセルバランシング、温度による劣化補正などを組み合わせ、電圧だけではわからない正確な残量を算出します。これにより、「電池残量表示が実態と異なる」といった問題を防ぎます。
図4 FGICの有無によるバッテリー残量推定のイメージ
出典:株式会社マクニカ作成(ルネサス エレクトロニクス株式会社「PB078_ROB-K-25-0089_FGIC_Basic.PDF」P6を参考に作成)
上図は、リチウムイオン電池の放電特性(電圧と容量の関係)を示しています。リチウムイオン電池は、残量が減っても電圧が直線的には低下せず、一定の電圧帯を長く維持した後に急激に低下する特性があります。
赤線(FGIC無し)は「電圧だけから残量を推定した場合」のイメージであり、4Ah放電時点で残量を過小評価し、約3.0Vと判断してしまいます。一方、青線(FGIC有り)は電圧だけでなく電流積算(クーロンカウンティング)や劣化補正を用いて残量を計算するため、同じ4Ah放電時でも実際の電池状態に近い約3.3Vとして把握できます。
このようにFGICを用いることで、電圧だけでは判断しにくい領域でもバッテリー残量を高精度に推定でき、残量表示の誤差低減や使用可能容量の最大化につながります。
※図は残量推定の考え方を模式的に示したイメージです。FGICの有無によって電池の放電特性自体が変化するわけではありません。
理由➂:正確な残量検知がもたらすメリット
残量を高精度に検知できると、電池の“使える容量”そのものを増やす ことができます。ADCの測定精度が低いと、安全マージンとして満充電側・完全放電側の両端を余分に確保する必要があり、その分だけ実際に使える容量が目減りします。逆に高精度なADCを使えばこのマージンを小さくでき、実使用可能容量が拡大 → 製品の使用時間が延びる というメリットにつながります。
図5 ADCの測定精度による実使用可能容量の比較
出典:ルネサス エレクトロニクス株式会社「PB078_ROB-K-25-0089_FGIC_Basic.PDF」P6
3. ルネサスのFGICとは?
ルネサスのバッテリー管理ICは FGIC(Fuel Gauge IC) と呼ばれます。その最大の特長は次の3点です。
・MCU(RL78マイコン)とAFE(アナログ・フロント・エンド)を1チップに統合
・多彩なバッテリー保護機能
・高精度な電流検知機能
特長①:ハードウェア+ソフトウェアによる高い安全性
FGICは、Safety control(安全制御)と Remaining Capacity(残量管理)の両輪を、ハード/ソフトの両面から実装しています。
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区分 |
主な機能 |
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Safety control(安全制御) |
過充電/放電電圧、過充電/放電電流、セルのアンバランス、異常温度、異常時のFET制御、ヒューズ制御、FET故障検出、故障履歴管理 |
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Remaining Capacity(残量管理) |
電流積算、バッテリー電圧検出、バッテリーの劣化検出、バッテリー容量学習、自己放電の計算、電圧/電流キャリブレーション |
表1 FGICの安全制御・残量管理機能
図6 FGICによる安全制御と残量管理の主な機能
出典:ルネサス エレクトロニクス株式会社「PB078_ROB-K-25-0089_FGIC_Basic.PDF」P4
特長②:業界最高性能クラスの18ビットΔΣ ADCによる高精度な残量検知
FGICが正確な残量を検知できる理由は、ルネサス独自の ΔΣ(デルタシグマ)ADC にあります。ルネサスのFGICは、電流用に 18ビットΔΣ ADC、電圧・温度用に15ビットΔΣ ADCを内蔵しています。
一般的なSAR ADCは瞬時値をサンプリングするため、サンプリングの合間の電流変化を取りこぼし、容量精度の低下を招きます。一方ΔΣ ADCは平均値(積分値)を出力するため、充放電電流を正しくトレースでき、広範囲の電流積算を高精度に行えます。さらに温度ドリフトのないADC専用リファレンスにより、オフセット測定が不要という利点もあります。この高精度化によって前述の“使える容量”が拡大し、機器の動作時間の延長につながります。
FGICの内部構成
FGICは、AFEブロック(シリーズレギュレータ、Nch FET制御、電池電圧検出回路、15ビットΔΣ ADC、過電流検出回路、18ビットΔΣ ADC=クーロンカウンタ 等)と、RL78 CPU+Flash/RAM+各種通信I/F(I2C/SMBus、UART、SPI、CAN 等)を1パッケージに統合しています。これにより、外付け部品の削減・小型化・超低消費電力を同時に実現します。
4. FGICの製品ラインアップ
ルネサスのFGICは、1セルから最大10セル まで、幅広い直列セル数・電圧レンジをカバーするラインアップを揃えています。用途に応じて最適な製品を選択できます。
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Part Number |
対応直列セル数 |
供給電圧 (V) |
共通インターフェース |
Flash ROM (KB) |
パッケージ |
|
RAA241200 |
1 |
2〜5.5 |
I2C, UART |
64 |
16WLBGA (1.87×2.48mm) |
|
RAJ240055 |
2〜4 |
2.2〜25 |
I2C, UART |
64 |
32QFN (4×4mm) |
|
RAJ240057 |
2〜4 |
2.2〜25 |
I2C, UART |
128 |
32QFN (4×4mm) |
|
RAJ240301 |
3〜7 |
4〜40 |
I2C, UART |
64 |
48QFP (7×7mm) |
|
RAJ240090 |
3〜8 |
4〜50 |
I2C, UART, CAN |
128 |
64pin LQFP (10×10mm) |
|
RAJ240100 |
3〜10 |
4〜50 |
I2C, UART, CAN |
128 |
64pin LQFP (10×10mm) |
表2 ルネサスFGICの製品ラインアップ
※型番・仕様・パッケージ・ステータスは資料作成時点のものです。最新情報・詳細はルネサス公式データシートおよびマクニカ担当者までご確認ください。
代表製品の主な仕様
RAJ240055/057(2〜4セル向け):64KB/128KB Code Flash、SMBus3.0対応、ハイサイドFET制御、15ビットΔΣ ADC(電圧・電流・温度)、18ビットΔΣ ADC(クーロンカウンタ)、過電流検出、3chサーミスタ対応、セルバランス回路(Typ. 100Ω)、最小動作電圧2.2V、動作温度 −40〜85℃、32ピンQFN(4×4mm)。ノートPC、TWS、ハンディ医療機器、ドローン、電動工具などに。
RAJ240090/100(3〜8/3〜10セル向け):128KB Code Flash、7KB RAM、CAN対応、ハイサイドFET制御、15ビット/18ビットΔΣ ADC、過電流検出、セルバランス回路(Typ. 200Ω)、動作電圧 4.0〜50V、動作温度 −40〜85℃、64ピンLQFP(10×10mm)。電動工具、掃除機、電動アシスト自転車、蓄電システム、UPSなどに。
5. FGIC導入を支えるソリューション
「バッテリー管理ICは便利そうだが、ファームウェア開発や初期設定に工数・リソースがかかりそう」——導入をためらう理由として、こうした声はよく聞かれます。ルネサスは、この導入のハードルを下げるためのソリューションを用意しています。
FGICスターターキット
リファレンスデザインとサンプルコードを備えた評価ボードが付属し、初期段階での簡易評価が可能です。
・デバイスの機能・性能を評価可能
・RL78開発用のE2エミュレーター接続に対応
・バッテリー管理の基本機能を実装したサンプルコードを提供
・通信基板経由でPCと接続し、電圧・電流・温度などの電池状態をGUIでモニター可能
スターターキット R-BMS F(ファームウェア開発不要ソリューション)
R-BMS F は、ルネサスのFGIC向けに デザイン済みのファームウェアを搭載した「BMSトータルソリューション」 です。ファームウェア開発が不要なため、BMSの開発を大幅に容易化し、市場投入までの時間(TTM)を短縮できます。
3つの価値
・Easy-to-Use:プログラミングの知識がなくても、専用GUIによる直感的な操作で使用可能。
・Quick Design:基板製造工程でFWは書き込み済み。パラメーター変更のみで各種リチウムバッテリーに対応。
・Safe System:基本的な電池保護機能を搭載し、量産を想定した機能を実装。
メリット①:開発期間の大幅短縮
従来は H/W設計 → F/W設計 → F/Wデバッグ → 評価 → システムテスト → 製品化…と長い工程が必要でした。R-BMS Fなら実装済みファームウェアにより、F/W設計・デバッグ工程を省略でき、開発期間を大幅に短縮できます。
図7 R-BMS F Tool使用による開発期間短縮例
出典:ルネサス エレクトロニクス株式会社「PB078_ROB-K-25-0089_FGIC_Basic.PDF」P21
メリット②:簡単な初期設定だけで評価開始
使用セル数・公称容量・電圧/電流のしきい値など、わずかな初期設定を行うだけで評価を開始できます(GUIツール「R-BMS F Tool」を使用)。
提供物
・Hardware:評価基板(EVM)、USB SMBus I/F、ケーブル類
・Firmware:電圧・電流・温度測定、FCC/RC/RSOC計算、安全機能(過電圧/低電圧、過電流/短絡電流、過熱/低温)、ハイサイドNch FET制御、セルバランス
・Software:モニター・制御/パラメーター変更用の専用GUIツール「R-BMS F Tool」
・Documentation:マニュアル類、評価基板(EVM)回路図
※EVM上のICにはF/W・パラメーターが書き込み済みで出荷されます(IC単体購入時には未書き込み)。FCC:Full Charge Capacity/RC:Remaining Capacity/RSOC:Relative State Of Charge。
図8 R-BMS F評価キットの構成例
出典:ルネサス エレクトロニクス株式会社「PB078_ROB-K-25-0089_FGIC_Basic.PDF」P22
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FGIC |
対応セル数 |
供給電圧 |
パッケージ |
ステータス |
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RAJ240100 |
3〜10セル |
4〜50V |
LQFP64 (10×10mm) |
Active |
|
RAJ240090 |
3〜8セル |
4〜50V |
LQFP64 (10×10mm) |
Active |
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RAJ240055 |
2〜4セル |
2.2〜25V |
QFN32 (4×4mm) |
Active |
表3 R-BMS F対応機種一覧
まとめ
・FGIC(Fuel Gauge IC) は、AFEとMCUを1チップに統合したルネサスのバッテリー管理ICです。正確な残量計測と高度な安全管理を1チップで実現します。
・ハードウェアとソフトウェアの両面で、充放電保護・温度監視・セルバランシングなど複数の機能を搭載しています。業界最高性能クラスの 18ビットΔΣ ADC により、高精度な残量検知と使用可能容量の拡大を実現します。
・1〜10セル に対応する幅広い製品ラインアップを用意しています。
・FGICスターターキット や R-BMS F(デザイン済みファームウェア)により、ファームウェア開発不要で効率的な導入が可能です。