近年では私たちの暮らしを豊かにするため、産業・医療・都市開発といったさまざまな分野に、デジタル技術が活用されるようになってきました。本記事で扱う「デジタルツイン」も、そのうちのひとつです。

そして、このデジタルツインに関わる製品・サービスの展開にいま注力しているのが、NVIDIA社(以下、NVIDIA)です。高性能な製品やAI技術などで世界中から注目を集めている、アメリカ合衆国の半導体メーカーは、デジタルツインとどのように向き合っているのでしょうか。

本記事では前半でデジタルツインの基礎をおさらいしつつ、後半でNVIDIAが関わる取り組み事例をご紹介します。

デジタルツインとは?

デジタルツインは、現実空間から収集したさまざまなデータをもとに、コンピューター上に現実空間とそっくりな環境の仮想空間を構築するテクノロジーです。まさに双子(ツイン)のような仕組みであることから、その名がつけられました。

構築した仮想空間上ではAIによって分析やシミュレーションを実行し、将来的に起こるかもしれない変化を予測したり、得られた結果(データ)を現実世界に反映することで、製品・サービスの改良などに役立てたりできます。

そうしたシミュレーション自体は旧来より行われてきましたが、デジタルツインはリアルタイム性という独自の利点を有しています。つまりユーザーはこれまでより素早く、かつ正確で精密なデータを得ることができるようになったのです。

またデジタルツインに類する概念も古くから存在はしたものの、昨今はIoTによる広域のデータ収集・AIによる詳細分析・5Gによる超高速通信といった技術の著しい発展により、急速に実用化が進んでいます。加えて、現実空間にリアルを融合させるARや、仮想空間をつくり出すVRとも密接な関係があり、これらの発展もデジタルツイン普及のカギとなるでしょう。

デジタルツインを利用できる分野はさまざまで、一例としては製造業・建設業・医療・都市開発・自動運転・ロボット制御などが挙げられます。

また一部の行政・自治体などでも取り組みが進められており、たとえば東京都が推進している「デジタルツインプロジェクト」というものがあります。東京都はこれによって住民の状況把握・災害対策・渋滞予測などを行い、都民の生活の質を向上させる意向です。

活用メリット

デジタルツインを活用すると、さまざまなメリットを得られます。ここでは、主なものをまとめました。

物理的制約からの解放

現実空間では作業をしたり物を置いたりするために、必ず物理的なスペースを確保する必要があります。場合によっては巨大なものを扱う必要もあり、テストなどが思うようにいかないこともあるでしょう。しかし仮想空間なら、その心配は無用。スペースを自由に設計でき、物を動かすのも簡単です。ちなみに逆の発想で、仮想空間であえて障害物を設置し、衝突した際の実験を行うこともできます。

コスト削減

たとえば製品を開発する場合、完成までには何度も試作を行う必要があり、そこには多くの時間・人件費・材料費などのコストを要します。一方で、仮想空間では作業員の工数やモノを消費せず何度でも試作ができるため、リスクを抑えつつ時間や費用といったコストを削減できます。

また、遠隔地にある工場などのデータをリアルタイムで取得し、機械の状況を仮想空間に反映することで、移動やメンテナンスのコストを抑える(異常があった場合、その原因もデータで特定可能)といった使い方も考えられます。もちろん製造業以外でも、さまざまな面でのコストダウンが期待できるでしょう。

製品・サービスの品質向上

仮想空間での試作や仮説検証は何度でもやり直しがきくため、製品・サービスの品質向上を目的としたトライアル&エラーを実行しやすいことが特長です。また、現実空間と違ってデータの可視化や解析もできるため、製品・サービスの欠点や不具合を定量的に分析しつつ、特定・改善することにも役立ちます。

高品質なアフターフォローの提供

従来は製品出荷後の状況把握は難しいことでしたが、デジタルツインを活用することで、これを実現できるとも言われています。一例としては、製品にセンサーを取り付けておき、ユーザーの使用状況や製品寿命などを観測する方法が考えられます。

これにより各ユーザーに適した使用方法・メンテナンス・サポートといった提案が可能になり、結果として高品質なアフタフォローで顧客満足度の向上などを見込めるでしょう。さらに収集したデータを分析すれば、よりユーザーのニーズに合った製品の開発や、マーケティング戦略の策定もできます。

NVIDIAが提案するデジタルツインの活用例

ここからはデジタルツインのさらなる具体例として、NVIDIAの取り組みをご紹介します。

なお、以降の内容は202367日(水)に品川で開催されたセミナー「NVIDIA最新ソフトウェアプラットフォームを徹底解説~デジタルツイン/MLOps/AIシミュレーションをより身近に~」での講演「Omniverseで実現するデジタルツイン(登壇者:エヌビディア合同会社 高橋 想氏)」をまとめたものとなります。

NVIDIA Omniverse™とは?

NVIDIA Omniverse™(オムニバース)はNVIDIAが提供する、デジタルツインなどのメタバースアプリケーションの開発を支援するソフトウェアプラットフォーム。ユーザーが保有するさまざまなデータ(IoTAI3DAR/VRRobotics)を取り込むことで、実際の物理空間を仮想空間上に構築できます。また単なるツールではなくプラットフォームであるため、ユーザーが自社の課題に合わせてカスタマイズ可能な点も特長です。

Omniverseは製造業や自動車といった、現場での検証が不可欠なものづくりに関わる業界からの注目度が特に高く、それ以外にも、仮想空間での自動運転・ロボットのトレーニング・対話型アバターの生成・地球規模での気象予測など、さまざまな活用方法が挙げられます。

出典:NVIDIA Omniverse Computing Platform for Building and Operating Metaverse Applications(NVIDIA)P.4(2023年7月27日に使用)

出典:NVIDIA Omniverse Computing Platform for Building and Operating Metaverse Applications(NVIDIA)P.6(2023年7月27日に使用)

Omniverseの仕組み。CADBIMCIMなどの3次元データを扱うアプリケーションからデータを取り込み、USD(ユニバーサルシンディスクリプション)という機能を介すると、統一フォーマットとして扱えるようになります。また「コア Omniverseテクノロジー」によって、重力・光の反射・質感などを物理的に正しく再現できます。

さまざまなユースケース

下の画像は、Omniverseを活用したユースケースの一部です。今回の講演では、工場や物流倉庫での活用がメインで紹介されていました。これらは物理的に正しい空間を作れるOmniverseならではの強みであると、高橋氏は語っていました。以降は内容別に、概要や例を簡潔に記載します。

出典:NVIDIA Omniverse Computing Platform for Building and Operating Metaverse Applications(NVIDIA)P.11(2023年7月27日に使用)

■建設設計&レイアウト
たとえば自動車メーカーがEVの新しい工場を作る場合、レイアウトが最適かどうか、どういう設計にすると作業効率が最大化されるかを確認できる、と紹介されていました。 

■物流・工場・倉庫フロー検証
機械やロボットを導入した場合のフローを確認し、生産工程などのプロセス最適化を行うユースケース。デジタルツインで、ほかにもさまざまな取り組みが行われています。

 ■エルゴノミクス作業シミュレーション
人間が作業をする空間が、人間工学的に最適かどうかを検証できます。たとえば腰をかがめて作業する必要がないか、逆に腰の位置を高める必要があるなら、棚の高さを調整するといった具合です。

 ■AMRSのトレーニング&デプロイ / マニピュレーターロボットのトレーニング
AMRS(自動搬送用ロボット)のトレーニングやティーチングを行ったり、マニピュレーター(アーム型)ロボットの画像認識の精度を高めるためのAI学習用データをデジタルツインで作ったりできます。こちらも最近のユースケースとして、非常に増えてきています。

  

次に、特定の企業における具体的な取り組みを2つご紹介します。

BMW社、稼働予定の新工場をデジタルツインで構築

自動車メーカーであるBMW社(以下、BMW)は、既存の複数の工場でデジタルツイン化を進めています。そして2年後、ハンガリーで稼働予定のEV製造新工場の準備において、Omniverseが活用されています(関連記事)。

出典:NVIDIA Omniverse Computing Platform for Building and Operating Metaverse Applications(NVIDIA)P.12(2023年7月27日に使用)

同社では社員がVRを使って仮想空間の工場に入り込み、作業者の導線や、最適な作業効率を出せるレイアウトになっているかの確認を行っています。

またNVIDIAは将来的にOmniverseTeamsOffice365)と連携させ、ユーザーがクラウド上で動いている工場の画面を一緒に観ながら、会話できるようにする予定と紹介されていました。

NVIDIAはこの機能について、全員に見える画面(誰か1人の画面を共有したものではない)を工場のプランニングデータにすることで、参加者が自分が観たい視点任意に切り替えたり、ロボットの位置を変える・増やすといった操作をリアルタイムに行えるようなものを目指しています。

こうした仕組みによってステークホルダー同士の合意形成を円滑にできたり、プランニングを加速したりできることも、デジタルツインを活用するうえで非常に大きなメリットになるだろうと、高橋氏は述べていました。

Amazon Robotics社、自動搬送ロボットを効率化

小売などで有名なAmazon社は、Amazon Robotics社(以下、 Amazon Robotics )というロボットを活用した物流拠点を保有しており、そのフルフィメントセンター(出荷のための梱包を行う倉庫)でOmniverseを活用しています(関連記事 英語で表示されます)。

出典:NVIDIA Omniverse Computing Platform for Building and Operating Metaverse Applications(NVIDIA)P.14(2023年7月27日に使用)

Amazon Roboticsのフルフィメントセンターでは、自動搬送用ロボットが棚を下から持ち上げ、適切な場所へ運びます。このとき、ロボットは床に描かれたQRコードのようなマーカーを読み取って移動します。

このマーカーのロボットからの見え方を確認するために、従来は現場で作業員が直接撮影していたのですが、倉庫の広さなどによる効率の悪さが課題となっていたそうです。

そこでAmazon RoboticsOmniverseを活用し、画像認識の精度を高めるための学習データを大量に生成したり、ロボットに付けるカメラの位置が適切かを確認するようになりました。結果、数ヶ月を要していた開発期間は数日にまで短縮されました。

この事例では自動搬送用のロボットでしたが、監視カメラなどでも同様に活用できると、高橋氏は締めくくりました。

まとめ

今回はデジタルツインの基礎にはじまり、高い技術力を有するNVIDIAの取り組み事例を紹介しました。

BMWAmazon Roboticsの事例からも分かるとおり、デジタルツインは実にさまざまな場面で活用することができ、業務の大幅な効率化に寄与するとともに、新たな可能性の開拓にもつながる技術だと言えます。また、技術の発展とともに活用できる分野も広がりを見せています。

なおNVIDIAは、ロボティクス開発を支援するプラットフォーム 「NVIDIA Isaac™」も提供しています。Omniverseと連携してロボット開発におけるAI学習データの取得・生成・シミュレーションや、AIモデルのトレーニング・モデル生成などを行うことができ、多種多様なニーズに応えるソフトウェアや開発環境があります。

もし事業において何かしらの課題を抱えている場合、それがデジタルツインによって解決できないかどうか、この機にぜひ一度検討してみてはいかがでしょうか。

■NVIDIA Omniverse™
https://www.macnica.co.jp/business/semiconductor/manufacturers/nvidia/products/143448/

■NVIDIA Isaac™
https://www.macnica.co.jp/business/semiconductor/manufacturers/nvidia/products/143970/

■NVIDIA Omniverse™で物流倉庫をデジタルツイン化(動画) 
https://www.macnica.co.jp/business/semiconductor/articles/nvidia/143449/