ブレインテックで製造DX ~脳科学で匠の技能継承~ Macnica techNowledge Days 2022 講演レポート

熟練技能者の技術継承問題をブレインテックでアプローチ

株式会社マクニカ フィネッセ カンパニー
第3統括部 第2推進コンサルタント下山 剛史

現在、世界各国で脳科学の研究が進んでおり、さまざまな領域でのビジネス応用が盛んになってきています。

本記事では、うまく言語化できない熟練技能者の暗黙知をモデル化するためのブレインテック活用法、人材の適材適所のためのブレインテック活用法などについてご紹介いたします。
国内外の製造業での具体的なブレインテック活用や業界の最新動向をご紹介いたしますので、ぜひお読みください。

動画でもご紹介しております。ご興味のある方はぜひご視聴ください。
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ブレインテック領域の現状から脳波解析の基礎知識まで

ブレインテック領域は右肩上がりで成長しており、市場規模は2016年度の3.2兆円から2024年には4.5兆円に達すると見られています。
これは国内の外食産業の市場規模に近い金額です。FacebookやGoogleのような巨大IT企業だけではなく、化粧品メーカーのロレアル社や外食産業のサイゼリヤ社も商品開発に活用するなど、ブレインテックは身の回りに少しずつ浸透し始めています。

2020年のブレインテック企業数を見ると、地域別ではヨーロッパ、北米に集中しており全体の80%以上を占めています。特に米国ではBrain Initiativeという国策に基づいてブレインテックが推進され、企業数が急速に増えています。日本を含めアジアは5.7%とまだ低いのですが、国内でも少しずつ活用例が増えており、今後の成長が期待できる分野です。

さて、ブレインテックの活用でどのような情報が得られるのでしょうか。
脳から取った情報はどのような価値をもたらすのでしょうか。

ブレインテックがもたらす情報の価値は、主観評価では取ることが難しい、人間のリアルな認知反応を得られることにあります。
例えば「反射的な好き嫌い」や「経験則に基づく判断」といった情報は、ブレインテックだからこそ読み解けるデータだと言えるでしょう。また最近は、従来のマス向けのサービスから、個人に最適化したサービスを提供することが価値そのものとなる流れがあり、個人の感じ方に注目する企業が増えています。そうした意味でもブレインテックがもたらす情報が今後より大きな価値を持つのは間違いありません。

では、どのように脳情報を取得するのでしょうか。

脳を計測する主要な技術は5つあり、特にfMRI(functional MRI)とEEGがよく使われます。fMRIは、脳の血液量の変化をMRIで観測する手法です。EEGは脳波測定デバイスを装着して、頭皮上に置いた電極から脳の電気活動を測定する手法です。

とりわけEEGは、筐体が比較的コンパクトであること、他のデバイスに比べて安価であること、時間分解能、すなわちリアルタイム性が高いことから、今後ビジネスでも活用の拡大が見込まれます。
そこで、この先はEEGで取得できる「脳波」のデータに焦点を当てていきます。

脳波解析の手法

脳波とは、大脳皮質の神経細胞の電気活動です。脳には神経細胞をつなぐシナプスがあります。何らかの刺激情報を得た際に、シナプスが発火して現れる電気信号が脳波になります。
脳波には非常に多くの重要な情報が隠されています。

脳波を解析するためにはさまざまな手法があります。最もベーシックなのは周波数解析です。
アルファ波は落ち着いているときの脳波、ベータ波は興奮しているときの脳波という話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。人間が興奮している状態では、脳のさまざまな部分でシナプス発火が起き、信号が非同期的に発生することで高周波の脳波が現れます。脳波の生データをフーリエ変換して、時間周波数スペクトグラムを算出し、集中力や感情の変化などの測定に活用するのが周波数解析です。

2つ目の解析手法は、加算平均によって事象関連電位のような脳波を算出する方法です。人が何らかのタスクを実行した際には、その認知プロセスで脳波に一定の変化が現れます。これをその事象に関連する電位、事象関連電位と言います。複数回の脳波を取って加算平均することで、ある程度、脳波の反応のパターン的な特徴を分析できます。
これにより、その人がどのタイミングで違和感を持ったか、何に対して異常と感じたかなどを観測できます。

3つ目に、事象関連脱同期を使った解析があります。これは運動に関連する脳活動の取得によく活用されるものです。例えばブレーキを踏むことをイメージしたときや、実際にブレーキを踏む直前は、運動野付近でアルファ波やベータ波の電位低下が見られます。つまり、運動に関する意思を脳波から読み取ることができます。「頭で思い浮かべるだけで車いすを操作する」というような取り組みも、こうした解析方法の活用によるものです。

このように、従来の脳科学研究でさまざまな解析方法が蓄積されており、実現したいことに応じて、いくつかの脳波解析を活用してアプローチすることが可能になっています。

熟練者の暗黙知を形式知化する脳波活用とは

それでは、「匠の技能継承」すなわち暗黙知の形式知化に向けて、どのように脳波を活用していくのかを紹介します。まずは、暗黙知と形式知の定義を整理しましょう。

人の知識の構造は、海面に浮かぶ氷山にたとえることができます。海面上に出ている部分が形式知です。形式知とは、データベースや文書で残され、他の人に言葉で伝えられる知識のことです。例えば、作業手順書や議事録などがあります。

海面下に隠れている部分が暗黙知です。暗黙知とは、経験や習慣、価値観に根差す直感的な反応やノウハウのことです。日ごろは意識しないため、言葉で説明しづらいという特徴があります。具体的には個人のスキルや経験、想像力や直観力などが挙げられます。

暗黙知は3つに分類できます。1つ目が作業や技巧で、暗黙知の約4割を占めます。例えば、効率の良い組み立て方、自転車の上手な乗り方など、身体で覚える技術はこれにあたります。模倣や訓練によって他人が再現可能な作業技術です。

2つ目は選択的判断で、暗黙知の約5割を占めます。例えば、湿気が多い日のパンの焼き具合のように、パターン化できる判断のことを指します。過去の経験から状況に応じた最適解を判断することです。

3つ目が、再現が困難な真の暗黙知と言えるもので、暗黙知全体の約1割にあたります。例えば、経営会議における戦略的な意思決定など、過去に直面したことのない事柄について、非常に柔軟に直感を働かせるような、高度な判断のことを指します。

「匠の技能継承」という観点では、2つ目の選択的判断がブレインテックによる形式知化の対象となります。


それでは、どのように脳波を使って暗黙知を解読するのでしょうか。
ここでは、熟練者による目視検査について、脳波を使って画像判定AIモデルを作成する方法を紹介します。

まず、熟練者が脳波の計測デバイスを装着した状態で、個人の脳波パターンの特徴点を抽出します。
脳波の出方には個人差があるため、事前に脳波パターンを学習する必要があります。このプロセスを「キャリブレーション」と呼び、AIモデルの精度に関わります。キャリブレーションが終了したらデータの取得に移ります。例えば、空港の手荷物検査場で使われている例では、エックス線を通る荷物の画像を1秒間に4枚程度の速さで流して、熟練者が脳内で瞬時に安全・危険の判断を行います。すると、マウスやキーボードを操作しなくても、危険な荷物と安全な荷物が分類されます。

この画像分類には、認知処理にともなって発生する事象関連電位という脳波が使われます。
事象関連電位は特定の視覚刺激を受けると特徴的な脳波反応を出します。安全な荷物を見ているときは一定の脳波パターンが出ています。一方、危険だと感じる荷物を見ると、約0.3~0.4秒後に大きな振幅の脳波が現れます。

何をもって危険と感じるかは個人差がありますが、危険と認識すれば、誰であれこの生理信号が出ます。この反応と、見ていたものを同期させることによって、脳波による画像分類を実現しています。判断の基準や境界線は言語化が困難ですが、脳波を使うことで、熟練者が危険と判断する対象を抽出できます。

熟練者の判断結果を教師データとして、画像を自動分類するAIモデルを構築します。脳波のユニークな点として、正常・異常という2値だけではなく、各画像の判断にともなう確信度を、ソフトラベルとして付与できます。AIモデル構築時には、この確信度の値に基づいて、どの画像をより学習に反映させるべきかという重みづけをします。それにより、最終的に熟練者の判断基準に近いAIモデルを構築できます。

さまざまな課題に対応するブレインテックのユースケース

ここからはブレインテックのさまざまなユースケースを紹介します。

1つ目が、空港の手荷物検査のようなセキュリティチェックです。ブレインテックを活用し、自動で手荷物を判別するAIを構築して、検査場の効率化・省人化が図れます。一般的なAIモデルの場合、荷物の隠し方が日々巧妙化するため、新たな教師データの収集に大きな負荷が発生します。ブレインテックを活用すれば、スタッフがバックヤードで脳波デバイスを装着し、高速でアノテーションをしていくだけで、随時AIモデルを最新化できます。

医療業界でも関心が寄せられています。AIによる画像診断の精度向上には、専門医による画像のアノテーションが必要ですが、日々の業務で多忙な医師がアノテーションできる画像は全体の2割にすぎないと言われます。ブレインテックの活用によって、専門医の負担を抑えながら大量の画像のアノテーションが見込めます。また、専門医の習熟度を向上するための教育ツールとしても期待されています。

製造業では、液晶モニターの画質検査、製鋼工程の状態検査といった品質チェックを、熟練者の勘・コツに頼っているケースが多くあります。そこで、ブレインテックを活用して、熟練者の判断に関するデータを効率的に収集できます。検査工程の自動化にもつなげられます。

また、装置などの異常音を判別するAIモデルも作成できます。医療向けでは、呼吸音の異常に対する医学生の反応を脳波から読み取り、AUC=0.99という高精度モデルを作成した実績があり、この技術を製造業でも応用できます。
その他にも、原料のグレード判定、製造設備の故障検知、異音別の対処マニュアルの作成、新しいゲームのインターフェースなど、多様なユースケースへの活用に期待が高まっています。

近年、ビジネスへの応用が進むブレインテックについて、市場の動向、テクノロジーの概要、実際のユースケースなどを紹介しました。例示した以外にも多様な活用が考えられます。

ぜひ一緒にブレインテックでDXを始めましょう。DXにおける悩みやブレインテックに関する質問などありましたらぜひご相談ください。

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