スポーツ業界においても取り組みが盛んになっているデジタルトランスフォーメーション。データを用いて選手のコンディション管理や映像分析を活かした取り組みなど、クラブ経営を考える上でもデジタル技術の活用はもはや必須と言えます。本記事では、横浜FCとマクニカのスポーツDXの取り組みと、今後のビジョンについてご紹介します。
(左から、マクニカ 中出、株式会社横浜フリエスポーツクラブ 上尾様、マクニカ 佐藤)
横浜FCとマクニカの出会い
横浜FCとマクニカの取り組みがスタートしたのは最近のことですが、両者のつながりは、横浜FCの熱烈なサポーターだったマクニカ常務の佐藤と上尾様の出会いから始まりました。
「J1に昇格した頃、上尾様から『スタジアムにVIPが来た時に、たまに連絡ミスなどでタイムリーに挨拶ができない』とのお悩みを聞き、ピン!と来たのです。顔認証とAIを組み合わせて無線で通知すれば簡単にできますよねと。それから上尾様やスタッフの方々とDXについて議論をしてきました」(佐藤)。
テクノロジーの進化によってサッカーを含めたスポーツ業界でもDXが盛り上り、大きな成長が見込まれます。マクニカは、単にテクノロジーを導入して効率化を求めるのではなく、ファンやサポーターに変化を感じていただけるような取り組みを横浜FCと一緒に進め、J1でナンバーワンのDXチームを目指しています。
横浜FCのビジョンと戦略
上尾様が社長に就任した2018年、横浜FCはJ2に所属しており、J1昇格を目指していました。上尾様は、まず1年をかけてクラブのビジョンを策定しました。数年をかけて最終的にJ1のタイトルを獲得し、ホームタウンの横浜市民の皆さんやサポーターの皆さんとともに喜びを分かち合うという目標を掲げます。
ビジョンでは、優れた選手たちとタイトルを獲得し、その中から日本代表チームの選手を輩出することを掲げています。そのためには、選手の育成やチームを強化する環境が非常に重要であり、コーチや指導者、スカウト、メディカル、マネジメント体制、施設全般、グラウンド、クラブハウスの整備なども必要です。
もちろん、地域から愛されるチーム、選手であり続けるために、ファンサービスやマスコミへの対応、地域活動にも積極的に参加していくために、横浜FCで様は7つのビジョンを掲げて、2019年に取り組みを開始しました。
※上記資料は2019年に策定されたものになり、当セッションは2021年11月初旬に対談した内容となります。
チームは順調に強くなり、2019年にJ1に昇格します。「2020年、2021年とJ1を戦っています。今のところ掲げたビジョンの通りにうまくステップを上っているのではないかと考えています」(上尾様)。
こうしたビジョンを実現するうえで収入は不可欠です。横浜FCでは、中期経営計画の中で売上計画を策定し、30億円規模を1つの目標としています。コロナ禍で無観客、動員制限などリーグ戦を最後まで消化できるかわからなかった2020年シーズンは21億円で着地しました。「30億円はJ1の中では10~13番目の規模です。トップチームは50億円規模ですが、約5年で規模を現在の1.5倍にし、J1に定着してタイトルを狙えるようにしたいと考えています」(上尾様)。
ビジョンを実現する戦略には、事業性、競技性、社会性の3つの視点があります。事業性は、ファンやサポーターを広げ、スタジアムに来ていただいたり、グッズを購入していただいたりして収入を増やし、その資金を選手やチームの強化・育成に充てていくためのマーケティングになります。競技性は、試合に勝利するための選手やチームの強化・育成です。社会性は、Jリーグの特徴でもあり、ホームタウンが抱える社会課題の解決など、SDGsやESG、SIBなどの点からも注目されています。
上尾様は、「測定できるものしか改善できない」が好きな言葉だと言います。これは、Jリーグが2019年から始めた「PROJECT DNA」というJリーグを世界でもっとも人が育つリーグにしようというプロジェクトで海外から招いた指導者の方が語っていたもので、「あらゆるものを数値化して改善していく。横浜FCで実践していきたいことの1つです」(上尾様)。
デジタルによって競技の多くの面を数値化できるようになりました。選手個人の試合のパフォーマンスはもちろんのこと、コンディションから怪我を予防する、トレーニングの効率を上げていく、映像から相手チームの状況を把握するといった分析技術も進んでいます。「指導者の目といった数字では測れない定性的な部分もありますが、定量的、定性的な部分をかけ合わせながらクラブをより強くし、事業規模を大きくしたいですね」(上尾様)。
横浜FC ✕ マクニカのスポーツDX
調査によると、「スポーツ✕テクノロジー」市場は、2027年までに約3倍の規模に拡大すると予想され、サッカーにおいては「ファン・サポーター」、「スマートスタジアム」、「チーム強化」の3つの観点におけるテクノロジーとデータ分析の進化が成長の原動力になると期待されます。
①感染対策
マクニカでは、横浜FCとさまざまな取り組みを進めています。コロナ禍に見舞われた2020年シーズンは、長い中断期間を経て、1試合当たりの動員数を制限することにより再開できましたが、来場するファンやサポーターの体温の必ず測定することがルールでした。再開当初は数千人の方を1人1人測定器で測定しなければならず、長い時間がかかりスタッフの作業負担も大きなものでした。早くスタジアムに入りたいファンやサポーターを入口で長時間お待たせしてしまうことも課題でした。
そこでマクニカは、感染対策とDXの1つとして、体表温度検知ソリューションをご提供しました。来場されるお客様の表面体温を自動的に測定してスタッフがチェックすることにより、お客様はストレスなく入場することができるようになります。「これまでに比べて入場時間が約3分の1に短縮され、間違いなくデジタルによってスタジアムの環境が良くなった1つの事例だと言えます」(上尾様)。
②怪我予防・選手育成
また上尾様は、テクノロジーで選手の怪我を未然に防ぐことができるようになることも期待していると言います。
「選手が毎試合100%の状態でいることがクラブにとってもベストな状態ですが、どうしても激しい試合で怪我をする恐れがあります。あるいは、トレーニングを重ねて成長させたいのですが、やはり怪我のリスクがつきまといます。デジタルを活用して、選手が怪我をすることなくトレーニングを積んで試合に臨むことができ、対戦相手の分析もしっかり行うことで勝利に近づいていけると感じています」(上尾様)。
ここでは、選手の怪我を防止する取り組みとして、マクニカがパートナーシップを結ぶStrive Techの「テックショーツ」の活用を進めています。テックショーツは、活動中の選手の大腿四頭筋やハムストリングス、臀筋の状況データをリアルタイムに収集します。また、ユニフォームの下に着用する肌着に装着したGPSなどから取得する選手の移動距離や加速度といったデータを組み合わせて統合的に分析することにより、選手の筋肉の活動量や疲労度などを把握することで、怪我のリスクなどを考慮した適切なトレーニングの計画立案や実行をサポートしています。
「テックショーツであれば、選手は普段のトレーニングウェアと同じように装着することができ、トレーニングや試合でリアルタイムに筋肉の負荷といった状況がわかるようになりました。実は洗濯もできるので、選手だけでなくマネージャーを含めたサポートメンバーにも貢献するソリューションを開発していただけるのは、素晴らしいですね」(上尾様)。
横浜FCでは、地元の大学や研究所と連携して選手の育成や強化に向けた取り組みに着手しており、今後はアカデミーの子供たちが安全なトレーニングを通じてプロ選手を目指していけるといった効果が期待されます。
AIで加速する「スポーツ✕テクノロジー」
マクニカでは、選手が装着するセンサなどから取得した多種多様なデータをマクニカのAI研究機関「AI Research & Innovation Hub」(通称ARIH)が開発するAIアルゴリズムなどと組み合わせて活用する取り組みも進めています。
特に選手の動きや試合の相手チームなどの映像を利用する分析は、これまで見る人の主観に委ねざるを得ないことが多く、AIアルゴリズムを活用したアプローチを用いることによって省力化を図ることができ、分析官がより精緻な洞察の獲得に集中することが可能になると期待されます。
J1の試合開催日は、水曜日と土曜日を原則としていますが、試合が開催されない日であっても次の開催地が遠征先であれば選手やチームスタッフは移動しなければならず、シーズン中はデータの分析や分析から得られた洞察を個々の選手のトレーニングやチームの戦術などに反映して、その効果を検証するために必要な時間を十分に確保することが非常に難しいといえます。
「横浜FCとしてもデータの分析には、まだ力を入れきれていないところがあります。今までは分析スタッフが次の試合までの限られた時間で定量的かつ定性的に分析していましたが定量分析には時間の制約もあり限界がありました。、それが例えば、AIを活用することによって、分析スタッフが90分間の試合の映像を全て見なくても定量的なデータを把握することができ、これまで主観的に考察していたものが、実はデータとしては違った見え方になるというところも出てくると思います。人の目とAIをかけ合わせて使っていくことで、より精度の高い分析が行えると期待しています」(上尾様)。
当然ながら、AIは決して“魔法の道具”ではありません。真に貢献するAIを実現していくには、横浜FCとマクニカがOne Teamとなり、伴走をしながら、横浜FCの抱えるさまざまな課題を丁寧にヒアリングのうえ把握し、AIによってその解決を図り効果を出していくことができるアプローチを一緒に進めていきます。
「本当に課題を一つ一つ紐解いていただきながら、『どんなことに時間を使っていますか?』『どのようになれば、もっと違うことに時間を使えますか?』といったヒアリングをもとに、『ここはこのように工夫して、少し時間を確保しましょう』『もう少しAIを使えば、この部分がクリアになりますね』と、ご提案をいただけることは、マクニカさんとのさまざまな取り組みの中でも、私たちが非常にありがたいと思っている点の1つになります」(上尾様)。
立場は違いますが、ARIHのメンバーも横浜FCと伴走しながら共創していく取り組みを通じてますます横浜FCのファンとなっています。チームのサポーターとして、“12人目の選手”として、マクニカは横浜FCともに勝利を目指してまいります。
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