G(第5世代移動通信システム)が国内で展開され始めてから、2023年で約3年が経ちました。この5Gと共に通信業界に革新をもたらすとして、大きな注目を集めている技術があります。

それが、無線アクセスネットワーク(RAN)の仕様をオープン化する『Open RAN』です。今後も著しい成長が見込まれる通信業界において、携帯通信事業者や通信機器ベンダーがさらなる成長を遂げるためには、この技術に関する知見の保有が重要指標の1つとなることは間違いありません。

そこで今回は、マクニカDXコンサルティング統括部 セキュリティコンサルティング部 コンサルティング課 に所属する、日野 克也(ひの かつや)と、塚田 晴史(つかだ せいし)の2名による、Open RANの解説をお届けします。

なお今回の記事は2本立てとなっており、こちらの【概要編】ではOpen RANの基礎的な部分を、【セキュリティ編】ではOpen RANのセキュリティ面で注意すべき点などを中心に解説しています。

Open RANとは?

――まず、Open RANの基礎について教えてください。

塚田
:一言で言えば「ITなどの世界で起きたオープン化が、テレコム(電気通信)の世界にもやってきた」ということです。たとえばコンピュータの場合でも、かつては特定の企業がシステムを一括で提供している時期がありました。しかしその後、さまざまな形でオープン化が進み、それがワークステーションになり、パソコンに進むことで、現在では誰でも作れるようになったのに近い流れです。

日野:確かに、パソコンを連想してもらうと分かりやすいですね。OS・アプリ・マウスなど、あらゆるものを一気通貫で提供している企業もありますが、それと同じで、特定のベンダーが運用や管理を担う無線基地局を携帯通信事業者(モバイル・ネットワーク・オペレーター)が一括購入するのが、従来の基本的な流れでした。しかし、やがてパソコンがオープン化されてOSなどの種類が増えていったように、複数のベンダーが1つの無線基地局を構成することが、Open RANの登場によって可能になったのです。

PCのオープン化(イメージ)。

PCのオープン化(イメージ)。

――そんなOpen RANに、高い注目が集まっている理由はなんですか?

塚田
:大きな要素としては、ベンダーロックインの回避が挙げられます。従来は携帯通信事業者が無線基地局の機能をアップグレードしたいと思っても、その運用や管理を担うベンダーを介さなければなりませんでした。携帯通信事業者が要求しても、ベンダーの開発計画に左右されて、希望通りにならないケースもありました。一方で、無線基地局がオープン化されることで、携帯通信事業者はさまざまなところからパーツや新しい機能を導入できるようになります。つまり、選択肢が広がるということです。

問題のあるベンダーの場合、最初は無線基地局を購入した携帯通信事業者に対して丁寧なサポートを行いますが、その後は、サポートの質が下がることもあったと聞いたことがあります。オープン化が進めば、こうした問題も起きにくくなるはずです。

日野:あとは4Gから5Gになったことで、技術的にオープン化しやすくなったという面もあります。

塚田:先ほど挙げたパソコンに見られるように、自然な流れとして、技術がオープン化される方に向かっています。従来は特定のベンダーがシステムを一貫して構築することで、無線基地局の動作を保証したことがありました。しかし5Gの登場で技術が進歩し、装置の性能が上がったことで、オープン化の課題であるオーバーヘッドをカバーできるパワーを手に入れたことで、複数のベンダーによって無線基地局を構成できるところまでたどり着いたのです。

普及のメリットとデメリット

――Open RANの普及には、どんなメリットがありますか?

日野
:先ほどのベンダーロックイン回避とも関連しますが、マルチベンダー化によって競争が進めば、特定のベンダーによるオールインワンよりもコストが安くなったり、アップグレードやサポートの質の向上を見込めます。

塚田:結果的に1社のベンダーから導入することになったとしても、他のベンダーにも依頼できる選択肢を持っていること自体が、交渉力に繋がります。またマルチベンダー化によって、ベンダー側も基本的にオールインワンで請けるより小回りが利くようになります。すると専業ベンダーが登場しやすくなるので、競争もより加速します。

――デメリットについてはいかがですか?

塚田
:まず挙げられるのが、インテグレーションの課題です。Open RANは異なるベンダーの機器を集めて無線基地局を組み立てるのが基本なので、システム全体として正しく動作することを、誰が保証するかが課題となります。

日野:これもパソコンで考えると分かりやすいですね。グラフィックボード・本体・OSなどをバラバラに買ってきて組み立てても、場合によっては正しく動作しないこともあります。それに、セキュリティのことも考えなくてはなりません。無線基地局を構成するパーツの持ち主が複数のベンダーだと、それぞれがちゃんとセキュリティ対策をしているのか、問い合わせ先はどこなのかなど、ユーザー側の確認のハードルも上がります。ユーザーがベンダーに問い合わせをしても「その部分の管理は私たちではありません」と、たらい回しにされることもあるかもしれません。

ちなみに、Open RAN化されている無線基地局は市場を広く見てもまだまだ実績が足りていない状況です。

基地局のマルチベンダ化の仕組み。

基地局のマルチベンダ化の仕組み。

業界団体の存在

――Open RANの普及を進める業界団体「O-RAN Alliance(Open Radio Access Network Alliance)」について教えてください。

塚田
:基本的には、携帯通信事業者が主導している団体です。歴史的背景として、欧州は国同士が近いため、異なる携帯通信事業者間で通信システムを繋がなければならない割合が日本に比べて大きくなります。そのため携帯通信事業者たちが自ら標準仕様を定め、それに則ったうえで、さまざまなベンダーから導入した機器間で相互接続できるようにしようという動きが、欧州では40年以上前から行われていました。

その中で、第3世代、つまり3Gの頃から現在に至るまで標準化のための活動を続けている3GPP(3rd Generation Partnership Project)という団体があります。4G/5Gの標準仕様も引き続き3GPPで定められてきましたが、標準化のスコープが限定であったり、そもそも標準化するかどうかについて、意見が一致しないケースも残っています。結果、3GPPだけではカバーできないところを補完するために、いくつかのコンソーシアムが発足されました。それらが合併してO-RAN Allianceとなりました。

日野:ちなみに、携帯通信事業はO-RAN Allianceに加入しているけれど、ベンダーは入っていないという国も一部ありますね。

塚田:ボードメンバーに挙げられる国は、日本・中国・インド・アメリカ・シンガポール・ドイツ・フランス・スペイン・イタリア・イギリスと多岐にわたります。アジア・アメリカ・欧州でバランスを取っています。

日本のOpen RAN事情

――日本におけるOpen RANの普及は、どんな状況なのですか?

塚田
:世界的に見て、日本は普及が進んでいる方だと言えます。オープン化の要素として、インターフェース・仮想化・AIによるオペレーション自動化の3つが大きな柱となっています。なかでも先行して進んでいるのが、インターフェースのオープン化です。

無線基地局はアンテナに一番近いRU (Radio Unit)と、中央のデータセンターに設置するCU/DU(Central Unit/Distributed Unit)2つに大別できるのですが、日本ではこれらを分割するところから始まりました。そして、この点については国内の携帯電事業者は全て実施しています。 

日野:NTTドコモ様や楽天モバイル様はいち早く自社のネットワークにOpen RANの技術を取り込んでおり、そのノウハウなどを海外に対して売り込む姿勢で、プロモーションにも積極的です。ただ、無線基地局のすべてを一気通貫でオープン化するところまでは、他社様も含め、まだ到達していません。

先ほど挙がった3つの要素がステップバイステップで進んでいて、その中の初めの技術を使い出し、実績もあるのが日本といった具合です。また、この3つの要素もO-RAN Allianceでどんどんアップデートされていく予定なので、技術的にはまだまだ進化の過程ですし、ビジネス的に見ればブルーオーシャンと言えます。

普及のハードル

――Open RANの普及を推進するにあたっては、どんな課題がありますか?

日野
:やはりマルチベンダー化した際に、インテグレーションも含め「誰がトータルの責任をもつか」という点が大きいかと思います。従来の無線基地局では基本的にベンダーが「OSもアプリもすべて動きます」という風に責任を担保していましたが、Open RAN化する場合、責任の所在はその管理や運用を行う携帯通信事業者に移るでしょう。

塚田:現時点では、大きく2つのパターンがあります。1つ目は高い技術力をもつ携帯通信事業が自社で責任をもつパターンで、たとえば欧州の大手5社や、NTTドコモ様などはこれに該当します。2つ目は携帯通信事業者同士でグループを組み、「そのグループ内で推奨パターンをいくつか作りましょう」というパターンです。完全自由化というより、よいパーツを選んで実証済みの組合せを使う、といった具合です。

ただ、実証済みとは言ってもラボラトリーと自社ネットワークでは必ず差分が発生しますので、インテグレーターは必要になります。中小事業者の場合は、事前に組み合わせをチェックしたものを導入する、というやり方が現実的な解になると思います。

インテグレーション(イメージ)。

インテグレーション(イメージ)。

――先ほども少しお話に挙がりましたが、セキュリティの課題も色々とありそうです。

塚田
:そうですね。個々の機器毎に必須のセキュリティ機能は決まっていますが、あるセキュリティを担保する際に「どこがやるのか?」という課題が出てきます。また「他がちゃんとやってくれているから、自分たちも安全だ」という思い込みや、「私たちはこういったセキュリティ機能を入れているので、そちらもお願いします」とA社が言っても、「いや、ウチにそれは不要だと思っているので入れません」とB社が反発することも起こり得ます。こうしたことを防ぐためにも、やはり誰かがトータルで責任をもたなければなりません。

日野Open RAN Allianceとしては、「透明性が高まることで、セキュリティは従来より安全になる」と言っています。確かに特定のベンダーによるオールインワンでは、本当に安全かどうかを確かめることは困難でした。しかし、オープン化されることで、11つの課題がよりあぶり出されやすくなるという見解ですね。

塚田:これまでは、ベンダーの「インターフェースは非公開なので侵入はできません、セキュリティも担保しているので安全です」という発言を信じるほかはありませんでした。しかし、インターフェースが公開されていなくても、機器の接続ポイントは存在しているので、攻撃者は接続ポイントからの侵入が可能です。機器のパスワードがインターネットに漏れることもあり、使われるプロトコルも限定的なので、攻撃者の観点からは「探せば分かる」というレベルです。このような実態から、オープン化におけるセキュリティの定義は重要だと言えます。

――ありがとうございます。以降はOpen RANのセキュリティについて、より詳しく聞いていきたいと思います。