
※本記事は、2024 年 10 月開催の「Macnica Data・AI Forum 2024 秋」の講演を基に制作したものです。
生成AIの本格的な普及から約1年半。アイデア創出や翻訳・要約などで一定の成果を上げつつも、「次のステップ」への課題を感じている企業は少なくありません。そこで求められているのが、生成AIをより高度に活用するための変革です。
本記事では生成AIの活用に取り組んできたロート製薬株式会社 板橋 祐一 氏、株式会社digil 田口 慶二 氏、株式会社マクニカ 大西 功祐、ファシリテーターとして株式会社インプレス 田口 潤 氏による、RAG(検索拡張生成)の社内データ活用や、生成AIの業務プロセスへの組み込みにおける取り組みや、考え方についてのディスカッションの様子をお届けします。
ロート製薬における生成AIの取り組み
インプレス 田口(潤):今回は板橋様にロート製薬の内情をお話しいただきつつ、田口(慶)さん、大西さんと一緒に色々訊いていきたいと思います。まず、ロート製薬における生成AIジャーニーについて伺えますでしょうか。
ロート製薬 板橋:ロート製薬が生成AIに出会ったのは、2年前でした。MidjourneyやGPT3.5が出てきていた頃で、「面白いけれど仕事には使えない」と皆さんも感じていたのではないでしょうか。1年前に登場したGPT-4からは一気に実用的になりましたが、企業として使うにはまだ使い勝手の悪さがありました。その後、OpenAI社のエンジンを使ったGPTのような生成AIが色々と登場し、私たちも2023年6月ごろからエクサウィザーズ社のものを使い始めました。
そこから半年ほどが経ち、翻訳や要約などのうまくハマる業務にはよかったのですが、それだけではなかなか思った通りの答えが返ってきませんでした。そこで、2023年の暮れあたりからは社員にプロンプトの使い方を学んでもらい、ちゃんと使えるようにすることにしました。

こうしたプロンプトエンジニアリングだけではやはり一般論しか返ってこず、仕事での利用にはまだ物足りませんでしたが、RAG(追加学習)によって社内独自の情報を学習させ、少し専門的な知識を備えたアシスタントとして使うと役に立つということが分かってきました。ただ、なかには機密性の高い情報もあり、社内ネットワークのツールだけでは不安だったので、OpenAI社のAPIを活用して「ROHTOPilot」という生成AIを自社開発しました。
自社の網の中でこういったものを構築すると、RAGにとどまらず、社内にある色々な業務用データベースや基幹システムの使い道がより広がると考え、現在は取り組んでいます。追加学習でファイルを1つ与えると、その内容だけで社内のことを相当に学習してくれるので、「これはいいぞ」と皆が食いつきました。ところが、皆が寄ってたかってテキスト・グラフ・図形などが含まれるさまざまなファイルを学習させた結果、フォーマットによって大きく精度が異なることが分かりました。

マクニカ 大西:「何に適用するか」という観点で、選び方のポイントはありますか。たとえばコールセンターなどは分かりやすくてよいと思うのですが、そうではなく自分たちの業務やビジネスに適用する場合に、「こういうところなら結果が出やすそう」「それは分からないから、こう考える」といったような。
ロート製薬 板橋:実のところそれはありませんが、人工知能なので人の頭を使う仕事にはだいたい使えるはずです。以前、「生成AIがホワイトカラーの仕事を代替するのではないか」と思っていた時期もありましたが、2024年4月にハノーバーメッセに行ったことで、生産の分野でも使えることが分かりました。いわば、知識をもったベテラン社員が隣にいてくれるような感じです。私たちの会社ではプロンプトエンジニアリングのワークショップを実施していますが、営業・マーケティング・R&D・生産あるいは間接部門など、あらゆる部門の人が参加しています。
インプレス 田口(潤): 2023年6月に 板橋さんが主導して、何人ぐらいのチームで取り組みを始められたのですか?
ロート製薬 板橋:わずか数人でしたが、「やってみたい」という味方はたくさんいました。試しにChatGPTを使ってみたところ、「やれる」と思いましたが、当時はプロンプトをOpenAIが学習し、機密情報が漏れてしまう懸念がありました。それはいけないということで、私たちは企業向けのSaaSを導入しました。最初はリテラシーのありそうな人に声をかけ、試行錯誤を重ねながらそのユーザーを広げていきました。
インプレス 田口(潤):先ほどご紹介いただいたジャーニーは先進的な方なのか、それともまだまだ4.0を維持している企業が多いのか、田口さんと大西さんのご意見を伺えますか。
digil 田口(慶):企業内部の環境に引っ張られている部分がありますね。たとえば、最初の一歩を踏み出す際にリテラシーが高く、0から1の利用環境を作れる人がいるところは新しいものに乗り換えていく流れになっていると思います。一方で生成AIがすごく大事だと分かってはいるものの、実際に手を動かしている人が少ない会社も多いです。昔からそうですが、日本の企業は自分たちでものづくりをしたり、新しいことに挑戦したりするのが得意ではない部分があるので、すごく大きな差が生まれていると思います。
インプレス 田口(潤):板橋さんのような立場の方が「リスクがあるし、他社の様子を見ながらゆっくりやればいい」と言うと、ブレーキがかかってしまうと。板橋さんは「自分はIT系ではなく化学系」とおっしゃっていましたが、なぜ理解できたのですか?
ロート製薬 板橋:生成AIはまだ新しい分野なので2~3年取り組んでいれば十分ベテランと言えますし、私たちが初めてというわけでもありません。国内にはもっと先行している企業が多くありますが、偶然それらのなかに知り合いがいたので色々と教えてもらいました。
会長である山田が、AIやITについてよく理解しているのも弊社の特徴です。彼は社長になる前、IT部門のトップを務めていたのです。私たちが生成AIに注目し始めたころ、やはり同様に注目しており、自身で社内に情報を発信していました。新しいことを始めるにあたり、経営層の理解があると非常にやりやすい環境になると思います。
インプレス 田口(潤):AIは人間と比べるとまだ罫線やグラフの読解は苦手という印象がありますが、田口さんや大西さんは、RAGで成功している企業にはどのような共通項があると見ていますか?
digil 田口(慶):本当にうまくいっているところにはまだ出会っていませんが、傾向としてはすごく単機能な業務に絞ったかたちならできそうな候補は出てくるのではないかと思っています。RAGのパフォーマンスとLLMの関係など、組み合わせによる良し悪しが出てきていて、試行錯誤されている企業のほうが多い印象です。
マクニカ 大西:RAGに対して「何でも検索できる」という大きな期待を寄せられていると感じますが、まだそこには到達していないと思いますね。
digil 田口(慶):社内でのRAG活用を考える際は拡張性などのプラス部分が注目されがちですが、データを入れてみた結果、そもそものインプット情報がとんでもないことや、実は社内のドキュメントがちゃんと更新されてない、つまり質がよくないと気づくこともあります。これは間違った情報を処理した結果、間違った情報が出力されているだけなのでRAGは悪くありませんし、その改善はシステムとまったく関係ないことです。ドキュメント自体が構造化されていないのに、RAGを使えばキレイになります、なんてことはありませんよね。おそらく、皆さんこういった点で苦労されているのではないでしょうか。
インプレス 田口(潤):ロート製薬様の場合も、理想的なかたちですべての文書データが揃っていたり、そこに矛盾がないように誰かが維持管理しているといった状況ではないのでしょうか。
ロート製薬 板橋:そうですね。間違った情報を入れるのはまた別の話ですが、仮に正しい情報を入れても、それをアップデートしますよね。ただ、RAGは放置していてもアップデートされないので、データ更新後に差し替えが必要になります。では単に差し替えればよいのかというと、古い情報は古い情報で必要なこともあるわけです。ところが、生成AIで成分分解してベクトル化すると時間の情報は失われ、去年のことなのか一昨年のことなのかが分からなくなります。最新ならよいというわけでもないので、どのように時間軸で管理するのかといった更新のマネジメントも必要ですね。
インプレス 田口(潤):時間軸を考慮しなければ、ある種、矛盾した情報が入っているように見えてしまうと。
ロート製薬 板橋:そうです。だからこそ、時間の概念を生成AIにもたせるような工夫も色々提案されています。
インプレス 田口(潤):こうした課題を技術的に解決する手段は徐々にできつつあるのでしょうか、大西さん。
マクニカ 大西:はい。ただ、データによって特性は違ってくるので、それぞれに合わせて考えなければならないこともあり、それが色々なところで問題になると思います。たとえば、日本語と英語が混ざっている場合はデータベースを変える必要がありますし、形式やバージョンの違いもあるなど、色々な課題をはらんでいます。そんな状況で皆が「RAGは便利」と言うので、イメージと現実でギャップが生じているのではないでしょうか。
インプレス 田口(潤):色々な課題がありつつも、それらを1つひとつ解決していく姿勢が大事で、どこかで止まったときに「RAGはもうやめよう」とするのは違うということでしょうか。
digil 田口(慶):今後RAG以外にも新しい技術が出てくると思いますが、それらを自らが積極的に使い続けることがとても大切です。他の会社がうまくいったから自分の会社で使おうという発想も悪くありませんが、やはり自分たちの会社の事情は自分たちにしか分かりませんから。
AI関連企業への期待
インプレス 田口(潤):今後はRAGやSLMといった、オープンソースベースの自社でコントロールできる言語モデルを活用していくことが大事だと思います。マクニカはこの分野で、どんなサービスを提供しているのでしょうか。
マクニカ 大西:弊社はデータ・AI基盤において、データブリックスを中心にさまざまなものを提供しています。また、自社向けのAIを作る際やその運用の課題解決など、コンサルティングや実装のご支援のほか、プライバシーやセキュリティも含めて幅広い要望にお応えしつつ、お客様が生成AIを使いやすくするための製品を取り揃えています。

ロート製薬 板橋:周知のとおり生成AIは技術の進化が早く、「今のうちにこれをやっておこう」といった具体的なテーマを言えない領域だと思います。大きな流れとしてGPUを多く買った人のほうが性能のよいLLMを作れるという流れはあと数年は続きそうですが、その先のことも考えなければなりません。そのときに、SLMとRAGを組み合わせたようなプライベートAIが出てくるはずです。
ChatGPTは非常にジェネラルでパブリックなAIですが、企業向けのAIはグループAIのようなかたちで少しずつ使える範囲が狭まりつつも、非常に役立つという流れができてきています。AIが進化していくなかで必要なツールやモジュールもどんどん変わっていくので、そういったものをマクニカ様からタイムリーにご紹介いただけていることはありがたいですね。
digil 田口(慶):最近ではMicrosoft様でも取り組まれていますが、今後は1人ひとりのパソコンにSLMのモデルがあり、会社向けのRAGが入っているような、個人に特化したエージェントが自分の端末の中にあるような方向に向かっていきます。技術がものすごい早さで進歩するなか、こういったものをどのように使うかは、企業自体が考えなければならないと感じています。

ロート製薬株式会社
板橋 祐一 氏
1985年化学系エンジニアとして富士フイルム入社。R&Dにてマイクロカプセルを使った画期的デジタルカラープリント技術を開発。 事業化のためR&Dからイメージング事業部に移り、写真のデジタル化に伴う本業喪失の危機の中でデジカメやデジタルプリントシステムの商品化・マーケティングを経て事業変革に取り組み、チェキ事業の再生もけん引。 その後デジタルマーケティング室長やICT戦略室としてデジタルを活用した同社の経営変革に貢献。 2021年ロート製薬入社、同社のデジタル変革とAI活用を推進。

株式会社digil
田口 慶二 氏
大手通信会社、外資系情報セキュリティ会社、大手小売会社、不動産グループ会社にて戦略的IT/DX施策を牽引。現在は企業変革、DX推進、内製化組織構築などを中心に挑戦し続ける会社に向けた支援コンサルティングに従事。

株式会社インプレス
田口 潤 氏
1984年、日経BP社入社。日経コンピュータ記者として企業情報システム分野の取材に携わる。日経AI編集長、日経ITプロフェッショナル編集長、日経コンピュータ編集長などを歴任。2008年、日経BP社を退社し、インプレスグループに移籍し、IT専門メディアIT Leadersを創刊。現在はインプレスにて編集主幹 兼 IT Leadersプロデューサーを務める。ほかにITスキル研究フォーラム理事長、日本データマネジメントコンソーシアム理事、ビジネスシステムイニシアティブ協会理事、IT教育事業者協会理事のほか、「DX銘柄」委員、姫路市ふるさと大使(兵庫県姫路市出身)など。

株式会社マクニカ
大西 功祐
2005年新卒入社。ネットワークス データ&アプリケーション事業部所属。入社以来一貫してソフトウェア製品を担当。データには2013年から、AIは2020年から携わり、現在は事業部長代理として、データ・AI領域での新製品やサービスの企画、市場展開など事業を推進。市場のニーズに合う最先端の商品を取り扱う海外のベンチャー企業の発掘や調査も行っている。