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※本記事は、2024 年 10月開催の「Macnica Data・AI Forum 2024 秋」の講演を基に制作したものです。

 近年のAIの躍進には目を見張るものがあり、特に生成AIの登場と短期間での進化は、世界中を驚かせています。本記事では株式会社博報堂DYホールディングス執行役員 Chief AI Officer兼Human-Centered AI Institute代表の森 正弥氏が、AI発展のカギを握る技術群について触れつつ、その動向を述べます。また、企業でのAI活用の段階について注目を集めつつある「人間中心のAI」(Human Centered AI)という考え方を参照しながら、今後の方向性も解説します。

AI研究組織「Human-Centered AI Institute」

 今回は、コンサルティング企業での業界へのご支援・インターネット企業での研究開発のリード・グローバルプロフェッショナルファームでのDXやAI領域のリードといった私のさまざまな経験から、皆さまにインサイトをご提供できればと思っています。下の画像でご紹介しているのは、博報堂DYグループが2024年4月に立ち上げた、Human-Centered AI InstituteというAIの研究組織です。

 AIはここ数年で著しい技術の進化を見せており、あらゆる領域・業界にインパクトをもたらすと同時に、リスクや倫理的な問題についての議論もなされています。それゆえ「AIはあくまでも人間の役に立つものであり、そのように使われるべきだ」というコンセプトが非常に重視されはじめてきています。それこそが、本講演のポイントである「人間中心のAI(Human-Centered AI)」です。

 Human-Centered AIの基本となるのは、たとえば人間のニーズを満たす、あるいはAIの開発プロセスに人間の観点が適切に反映されることにより、AIが社会を資するものとして作ってゆくという考え方です。そして、さらにその先の道筋、すなわちAIと創造性の関係性を次のステップへ進めていくべきだと私たちは思っています。そのためには、人間がもっているさまざまなポテンシャルや創造性をAIによっていかに解き放っていくかを突き詰めつつ、生活者や社会を変えるAIを作る必要があります。それを実現するための組織が、Human-Centered AI Instituteというわけです。

Human-Centered AIとは?

 次の図は、Human-Centered AIのマネジメントやアップデートの概念を示したものです。

 この図には、いくつかのレイヤーがあります。まず一番下には、いわゆるAI倫理、つまりAIを開発・活用していく上での原則があります。各所で議論されている説明責任・透明性・公平性・安全性などの要素が支えとなっています。

 その上には、プロセスやオペレーションのマネジメントについてのレイヤーがきます。AIをいかに解釈・説明可能なものにしていくかというコンポーネント、人間参加型の開発を行うことで人間の価値を反映すること、基盤となるデータの整備や管理に関するデータガバナンスといった項目が見られます。さらに上には、それらを統括したうえでAIのガバナンスを効かせ、責任あるAIを作っていくためのコンポーネント群が存在します。

 そして、一番上にクリエイティビティとソサイエティのレイヤーを作るべきではないかと私たちは考えています。ここでは人間が「使いやすい」と感じるための人間中心設計のコンポーネントを位置づけ、近年研究が活発になっている人間とAIのインタラクションの領域を置きます。

 また、AIにまつわるステークホルダーのエンゲージメントを担保することも重要です。AIの開発者やサービスは、AIの利用者だけでなくその先にいる生活者や社会も含めたステークホルダーを巻き込んだうえで開発・活用をマネジメントする必要があり、それを反映していくことでHuman-Centered AIはできあがっていくはずです。

 博報堂DYグループでは、2つの体制でHuman-Centered AIを実践しています。その1つは冒頭でご紹介したHuman-Centered AI Instituteで、こちらでは先端研究開発組織による未来のロードマップ作成を行いつつ、さまざまな企業と組んでアライアンスを進めています。

 もう1つは、グループ全社を挙げたプロジェクトであるHuman-Centered AI Initiativeです。こちらには博報堂DYグループ各社のAIのリーダーも参画しており、それらを通じてベストプラクティスやAIの規制などに関する情報共有がなされたうえで、グループとしてどのように連携してガバナンスを構築するかが議論されています。さらにはAIによるシステムの効率化や生産性の向上も目指しており、ただ自分たちがAIを活用するだけでなく、クライアントや生活者に新しい価値をどのように提供するかも追求しています。

AI技術のトレンド

 AIをめぐっては日々さまざまな情報がニュースなどで報道されていますが、「今後AIがどうなってゆくのか」は、そこからは見えにくいのが現状ではないでしょうか。そんな状況のなか、私たちのあいだで議論した内容をまとめたのが次の図です。

 まず縦軸は研究がアカデミア(専門)的か、実践的かの度合いを示しています。現代のAIは実践で使われることで発見されるノウハウが研究領域にフィードバックされ、技術が進歩することもあります。ここでは、それを実践的と定義しています。次に横軸は過程の効率化を目指すプロセス志向と、活用する人とサービスを受ける人がいかに新しい体験できるかを重視するエクスペリエンス志向の度合いを示しています。

 図を見ると、①~⑤のようにプロセス志向からエクスペリエンス志向にトレンドが進む大きな流れがあるなかで、技術そのものはアカデミア的から実践的に一度推移し、再びアカデミア的に戻っていることが分かります。以降は、①~⑤の特徴を順にご紹介していきます。

Generative AI

 ①のGenerative AI(生成AI)は、2023年にテキスト系生成AIが大きなブームになるとともに、画像や動画などのマルチモーダル化が発展してきました。現在はマルチモーダルロングコンテキストが注目されており、たとえば生成AI技術の立役者とも言える半導体プレイヤーのNDIVIAは、高画質生成AIを提供しています。また、あるリサーチ情報によると日本の上場企業の7割以上が生成AIを基盤として導入しており、自社のデータと連携しているそうです。

 私が100社以上の情報システム担当者やDX担当者、CDOやCDXOの方に生成AIの活用方法について尋ねたところ、次の図のようにバックオフィスかフロントオフィスかを問わず、幅広いユースケースがあることが分かりました。2023年の段階では図の要素を1社ですべて網羅している会社はなかったのですが、現在ではそういった会社がいても不思議ではないほどに生成AIの活用は進んでいます。

 具体的な使い方としては、財務データ分析や株価予測の精度向上などが挙げられます。後者については、「ニュースのヘッドラインを抽出してChatGPTに渡し、その影響で株価が上下するか否かを尋ねると回答を得られる」「さまざまなニュースをインプットし、ChatGPTから得た回答をもとに、従来の株価のデータも使って予測モデルの修正を行う」といったことが2023年4月に発表された論文に記されていました。

 こうした背景も踏まえ、皆さまの会社ではどのように生成AIを活用し、どのようなユースケースを開拓できているかが現在では問われていると思います。

Enterprise AI

 生成AIを自社のシステムと連携しながらどのように使っているかに着目したのが、②のEnterprise AIです。おそらく多くの企業では、下図のようなビジョンを持ちながら取り組まれていることと思います。

 本来、社員とさまざまなシステムやデータベースは分かれているものです。しかし、生成AIのポータルを作り、自然言語での問い合わせや指示を行うことによって、さまざまなシステム・データベース・ドキュメントと連携された回答を得たり、業務を処理したりすることが可能になります。結果、経理の業務だけを担当していた方が総務や人事、あるいはそれ以上の業務を担当するといったこともできるかもしれません。このように生成AIがハブになる仕組みが、RAG(Retrieval Augmented Generation)です。

 博報堂DYグループでは、このRAGの仕組みを応用した「マルチエージェントブレストAI」を構築しています。商品企画を行う際、マーケットに届けるまでに色々なアイデアを詰めるプロセスがありますが、それをRAGの力によってハイクオリティ化しつつ、リスクコントロールやスピードアップしていくというものです。

 特徴は、生成AIを使ったペルソナの投入です。たとえば製造担当・物流担当・広報担当の専門家を生成AIをベースに構築し、それらを使って商品開発やGoToマーケットに向けたレビューや議論を行うことができます。実際、私たちのお客様には研究者のデータベース・ノウハウ・マネジメントの仕組みを連結させ、そこに研究者のペルソナを投入してブレストを行うことで、クオリティの商品開発の議論を実現させた方もいます。

 そして、このように生成AIを使って生産性や効率を高めていくうえで外せないポイントとなるのが、冒頭でもお話した「人間中心のAI」です。従来、人は下図の左側にあるように「社員が行っている業務プロセスのここからここまでをAIに代替させよう」というアプローチをとってきました。

 しかし現代のAI、特に生成AIは基本的に機械学習に基づいた確率統計処理がベースです。そのため、答えには常に誤差があります。また、生成AIにおいてはアウトプットがクリエイティブに振られているため、ブレがさらに大きくなり、あるコンテキストにおいてハルシネーション(偽情報)と言われたりもします。つまり、業務プロセスを人からとりあげて自動化させるというアプローチにおいては前提として誤差やブレがあることを想定していないため、必ずしもうまくいかない問題があるわけです。

 AIに精度100%の自動化を期待するのがそもそもの間違いで、本来は図の右側で示されているように人間中心のAI化に進む必要があります。生成AIがさまざまなアイデアを出し、人間がそれを踏まえてさらなるアイデアを出す壁打ちをする場合もあれば、AIが基盤となって働く人たちのコラボレーションを生み出すこともあるでしょう。このように、創造性を解放するような方向性で生成AIを活用することがAIの技術原理的にも重要であり、企業はそれに基づいたアプローチをしていくことが重要だと思います。

 とはいえ、その実現には複雑さの風という問題が立ちはだかります。RAGを使った生産性の向上を目指す場合、最初はそれなりによい結果を出すことはできます。ところが、そこから領域やスコープを広げていく際にはシステムの複雑さなどに押し戻されてしまい、うまくいかないのが実情ではないでしょうか。領域を広げようとすると全体のパフォーマンスが下がるという状況において、この複雑な風をどのように乗り越えるかは、非常に重要なポイントです。

 結果として、多くの企業様がたどり着くのは「活用ノウハウをきちんと集約していかなければいけない。」そして、「やはりデータをちゃんと整備しておかなければ生成AIは使えない」という答えです。画像の上部に「CoE(Center of Excellence)による組織的取り組み」とあるように、集積したAIのノウハウは全社横断でうまく活用しなければなりません。昨今では、このCoEやデータマネジメントに取り組むところも増えてきています。

 特にデータマネジメント、いわゆるDMBOK(Data Management Body of Knowledge)は、5~6年でその重要性が強く問われてきました。現在は生成AIによって人の創造性や生産性を上げられる一方で、データが整備されなければその精度が高まることはないことを理解している企業も多く、生成AIの活用をベースにしたデータマネジメントの推進がトレンドになっています。また、自社のデータを使った固有のLLM(大規模言語モデル)を作っている企業も現れています。

Human-AI Interaction

 ここで③はいったん後回しにして、次は④のHuman-AI Interactionについて先に見ていきます。これは「人間とAIのさまざまなインタラクションを発展させていくことで、AI技術のブレイクスルーが訪れる」という考え方です。代表的なものとしてAR・VR・XRのほか、AI×メタバース、さらにはAI×ニューロサイエンス(神経科学)なども挙げられます。

 この領域では、エンドユーザーや顧客のサービス提供をAIでどのように変えていくかといった議論が行われています。博報堂DYグループでは、「AIラップ名刺」という非常に面白いHuman-AI Interactionのサービスを作っています。自分のプロフィールを入力したり写真をアップロードしたりすると、生成AIが自分をアピールするラップを自動的に生成して歌ってくれるという非常に面白い仕組みになっています。いわば、一種の自己表現ですね。

 また、生活者発想に基づいた調査とデータ分析によって構築した、仮想の生活者とコミュニケーションできるサービスも作っています。これを利用すれば7,000人タイプの生活者を再現しインタビューを行うことができ、バーチャル生活者同士のディスカッションを観ることで、生活者に対する理解をより深めることも可能です。このサービスは、「博報堂DYグループが持っている生活者への理解を生成AIとどのように組み合わせることで価値を生み出すか」であったり、「顧客企業や生活者に対してどのような価値を提供するか」という観点において、新しい基軸になってゆくと思います。

 こちらはBtoCが対象ですが、生成AIの技術の発展は目ざましく、BtoBの領域でもエンドユーザー接点を変えるものが色々と出てきています。たとえば、製造業の工場における複雑かつ高度なメンテナンス業務を生成AIによって支援してゆくといったことです。

 現場では設備が故障した場合にそれを直しに行く必要がありますが、現在はメンテナンス履歴やエラー対処法などの情報量が多すぎて、働いている方もすべてを把握しきれません。そのため現場では電話等でコンタクトをとり、サポートスタッフがその対応しているわけです。ところが、ここに生成AIを投入すれば、マルチモーダルによる自動音声での対処が可能になります。しかも、生成AIを通じて記録されたやり取りの内容から作業日報やメンテナンスデータが作られてデータドリブンになり、それらがデジタルツインに反映されていきます。このように、働いている方々のインターフェースを変えてゆくHuman-AI Interactionの新しいかたちも登場しています。

New World

 未踏の領域についての議論を示したのが、⑤のNew Worldです。そして、そのなかでも重要とされる技術に世界モデル(World Models)があります。これはロボティクスの研究から出てきたもので、車ならハンドルを右に切る、ロボットならこれを取るといったように、行動の結果を効率的に学習させるために利用されます。従来の手法と違い、ただアクションの結果を待つだけでなく、想像力を基にした行動をさせられる点が大きな特徴です。

 世界モデルは現状でも優れているAIをさらにブレイクスルーさせる技術として大きな注目を集めており、ロボティクスの分野だけでなく、高度な専門性を有するプロフェッショナルたちをサポートする要素としても非常に重要だと私たちは考えています。というのも、プロフェッショナルの方々は何手も先を読んで行動しているからです。たとえ生成AIにプロンプトを入力して結果が返ってきても、それが一手先の話でしかなければ、彼らはまず満足しないのです。

 そうなると、AIの回答にも「これが○○なので、その先は××である」といったことを踏まえたアプローチが必要になります。しかし、現状はまだそれを実現できるレベルにはありません。そこでカギを握っているのがこの世界モデルであり、今後はこの領域の議論が非常に活発になってくるのではないでしょうか。

Trustworthy AI

 最後は、③の「信頼できるAIに向けたアプローチ」です。今回はそのなかの「Probabilistic Programming」という、確率的プログラミング技術をご紹介します。

 昨今のAIやLLMはディープラーニングがベースになっており、基本的に内部はブラックボックス状態です。これは生命や安全に関わる分野の重要な意思決定をする際には好ましくないため、「どういった理屈でそれを判断したのかを検証できるようになってほしい」という意見もあります。この問題を解決するのが、ベイズ推定などをベースにして「何をしているか」を明らかにしたうえでAIを組める、Probabilistic Programmingです。

 また、過去に起きたことはデータ化してAIに学習させられますが、未来に起こるであろう事象に対する人の予測や知恵は、データになっていません。Probabilistic Programmingは、そういった人間の柔軟な知恵を反映することにも役立ちます。LLMとのコラボなども含め、信頼できるAIを構築していくうえで重要な技術であり、さまざまな研究が進められています。

 昨今ではAIの普及をうけ、国際社会でさまざまなAIに関する規制の議論が進んでいます。EUが2024年5月に成立させたEU AI Act(欧州AI法)は、世界初の包括的なAI規制と呼ばれています。このルールではリスクをレベルで分類し、AIの厳格な管理や透明性を求めるアプローチをしているのですが、実はEU域外にも適用され、非常に厳しい罰則金などからグローバルに対する影響も想定されています。

 AIのパフォーマンスは着実に高まっていますが、それに伴って米国や日本などでも新たな規制の議論が進んでいます。その内容をいかに反映するかが信頼性の高いAIを担保するうえで重要なポイントであり、その際に活躍するのが、序盤でお話したHuman-Centered AIの概念だと考えています。

おわりに

 今回ご紹介したAIのトレンドがどのように生活者や社会に対して影響を与え、未来をどのように形づくっていくかについて、私はさまざまな有識者の方々と議論をしてきました。そして、その内容を踏まえて作成したホワイトペーパーを皆さまに提供しています。もしご興味がございましたら、下記URLよりぜひダウンロードください。

https://www.hakuhodody-holdings.co.jp/news/corporate/2024/07/4890.html

株式会社博報堂DYホールディングス
Human-Centered AI Institute 執行役員 Chief AI Officer
森 正弥 氏

コンサルティング会社、インターネット企業を経て、プロフェッショナルファームにてDX領域での企業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。