RF フィルターはなぜ必要なのか
無線通信システムでは、必要な信号だけを選択して伝送・受信し、不要な信号やノイズを除去することが求められます。特に近年は、無線システムの高周波化や多チャンネル化が進み、限られた周波数資源を効率的に利用するための信号選択性能がこれまで以上に重要になっています。RF フィルターは、このような無線通信システムにおいて特定の周波数帯域の信号を通過させ、それ以外の不要な信号を抑制する役割を担う重要な受動部品です。フィルターを適切に使用することで、ノイズや不要波による干渉を低減し、システム全体の通信品質や測定精度の向上につながります。
また、RF フィルターは携帯電話基地局、無線 LAN、衛星通信、レーダー、各種計測機器など幅広い RF・マイクロ波システムで使用されており、通信衛星からモバイルネットワークまで、さまざまなアプリケーションを支える重要な役割を果たしています。
本記事では、トランシーバーを例に RF フィルターが使用される場所と役割を解説するとともに、代表的なフィルターの種類や、フィルター選定時に理解しておきたい主要用語について紹介します。
RF フィルターは無線通信システムのどこで使われるのか
RF フィルターは、無線通信システムの送信部および受信部のさまざまな箇所で使用されています。特定の周波数帯域の信号を通過させ、不要な信号やノイズを除去することで、システム全体の通信品質や信号品質の維持に貢献します。 代表的な無線通信システムの一つであるトランシーバーでは、信号の送信・受信経路に複数の RF フィルターが配置されています。送信側では不要な高調波やスプリアス信号の抑制、受信側では目的信号の選択や不要波の除去など、フィルターは重要な役割を担っています。
以下は、典型的なトランシーバーの構成例です。図中には複数のフィルター (BPF、LPF) に加え、アンプやミキサーなどの高周波回路ブロックが使用されています。これらの回路ブロックが連携することで、送信信号の生成や受信信号の処理がおこわれます。
トランシーバーの構成例
トランシーバーを構成する主な回路ブロック
トランシーバーのブロック図では、多くの回路ブロックが略語で表記されています。ここでは代表的な略語とその役割を紹介します。
|
略語 |
名称 |
主な役割 |
| AMP
|
Amplifier(アンプ) | 信号を増幅する
|
| ATT | Attenuator(アッテネーター) | 信号レベルを減衰する |
| BPF | Band Pass Filter(バンドパスフィルター) | 特定帯域の信号のみを通過させる |
| HPA | High Power Amplifier(ハイパワーアンプ) | 送信前に高出力まで増幅する |
| LIM | Limiter(リミッター) | 過大入力から回路を保護する |
| LNA | Low Noise Amplifier(ローノイズアンプ) | 低雑音で微弱信号を増幅する |
| LPF | Low Pass Filter(ローパスフィルター) | 低周波成分を通過させ高周波成分を抑制する |
| MIX | Mixer(ミキサー) | 周波数変換をおこなう |
| OSC | Oscillator(発振器) | 基準信号を生成する |
| SW | Switch(スイッチ) | 信号経路を切り替える |
RF フィルター設計で重要な基本特性
RF フィルターにはさまざまな種類がありますが、基本的なフィルター特性を理解するうえでは、ローパスフィルター (LPF)、ハイパスフィルター (HPF)、バンドパスフィルター (BPF) の 3つを押さえておくことが重要です。これらのフィルターは通過させる周波数帯域が異なるだけでなく、求められる遮断特性や位相特性、インピーダンス特性などによって設計思想も異なります。
ここでは、それぞれのフィルターの特徴と設計上のポイントについて解説します。
ローパスフィルター (LPF)
ローパスフィルター (Low Pass Filter:LPF) は、一定の周波数以下の信号を通過させ、それより高い周波数の信号を減衰させるフィルターです。無線通信システムでは、高調波や不要な高周波成分を除去する目的で広く使用されています。
■ LPFの周波数特性
LPFは、カットオフ周波数より低い周波数帯域を通過させ、高い周波数帯域を減衰させます。
注:縦軸は減衰量です。通過帯域では減衰量が小さく、阻止帯域では減数量が大きくなります。
■ ローパスフィルター設計で重要な特性
ローパスフィルターの性能は、単に「低い周波数を通す」だけではありません。用途に応じて複数の特性が重視されます。
・急峻な遮断特性
フィルターでは、通過帯域と阻止帯域の境界付近でどれだけ急激に減衰できるかが重要になります。
特に、目的信号の近くに不要信号が存在する場合は、急峻な遮断特性を持つフィルターほど不要信号を効率よく除去できます。
そのため、近接した周波数の信号を分離したい無線通信システムでは重要な設計要件の一つとなります。
・直線位相特性(リニアフェーズ)
フィルターを通過する際、信号には振幅の変化だけでなく位相の変化も生じます。
位相特性が直線的なフィルターは、入力波形の形状を維持しやすく、パルス信号やデジタル変調信号の波形歪みを抑えることができます。
そのため、波形品質が重要な通信システムでは、振幅特性だけでなく位相特性も重要な評価項目となります。
ハイパスフィルター (HPF)
ハイパスフィルター (High Pass Filter:HPF) は、一定の周波数以上の信号を通過させ、それより低い周波数の信号を減衰させるフィルターです。無線通信システムでは、不要な低周波成分やノイズを除去する用途で使用されます。
■ HPF の周波数特性
HPF は、カットオフ周波数より低い周波数帯域を減衰させ、高い周波数帯域を通過させます。
注:縦軸は減衰量です。通過帯域では減衰量が小さく、阻止帯域では減数量が大きくなります。
■ ハイパスフィルター設計で重要な特性
・急峻な遮断特性
ハイパスフィルターでは、通過帯域に近接する不要な低周波成分をどれだけ効率よく除去できるかが重要になります。
遮断特性が急峻なフィルターほど、必要な高周波信号への影響を抑えながら不要信号を除去できます。
そのため、通過帯域の近くに存在する不要信号を抑制したい用途では、急峻な遮断特性が重視されます。
バンドパスフィルター (BPF)
バンドパスフィルター (Band Pass Filter:BPF) は、特定の周波数帯域の信号を通過させ、それ以外の周波数成分を減衰させるフィルターです。無線通信システムでは、目的の信号のみを選択し、不要な信号やノイズを除去するために広く使用されています。
■ BPF の周波数特性
BPF は、設定された周波数帯域のみを通過させ、それより低い周波数帯域および高い周波数帯域を減衰させます。
注:縦軸は減衰量です。通過帯域では減衰量が小さく、阻止帯域では減数量が大きくなります。
■ バンドパスフィルター設計で重要な特性
・通過帯域の選択性
無線通信システムでは、目的とする信号の周波数帯域だけを取り出す必要があります。
通過帯域の境界付近で急峻に減衰するフィルターほど、近接する不要信号を効果的に除去できます。
そのため、隣接チャネル干渉を抑制したい用途では、フィルターの選択性が重要になります。
・50Ω インピーダンス整合
Mini-Circuits の定インピーダンス・バンドパスフィルターは、通過帯域だけでなく阻止帯域を含む全周波数帯域で 50Ω のインピーダンス整合を実現しています。
インピーダンス整合が不十分な場合、信号の反射や損失が発生し、システム性能へ悪影響を与える可能性があります。
特に、ミキサーや発振器などの非線形デバイスでは、インピーダンスの不整合が相互変調歪み (IMD) の原因となる場合があります。
そのため、システム全体の信号品質を維持するうえで、インピーダンス整合は重要な設計要素の一つです。
RF フィルター選定で重要な用語
RF フィルターを選定する際は、通過周波数帯域だけでなく、フィルターの周波数特性や信号品質に関わる仕様も確認する必要があります。Mini-Circuits では、フィルターの性能を評価する指標として、挿入損失、通過帯域、阻止帯域、遮断周波数、VSWR、位相特性などを用いています。ここでは、フィルター仕様を理解するうえで重要な用語を紹介します。
■ 挿入損失 (Insertion Loss)
挿入損失とは、フィルター入力時と出力時で測定された電力差を示す指標です。一般的に dB(デシベル)で表され、フィルターを回路に挿入したことによって生じる信号損失を表します。挿入損失は以下の 3つの要素によって構成されます。
1. 入力ポートでのインピーダンス不整合による損失
2. 出力ポートでのインピーダンス不整合による損失
3. フィルター内部のリアクタンス素子(L、C)による消散損失(内部損失)
Mini-Circuits のフィルターは主に 50Ω システム向けに設計されており、測定時も 50Ω 環境で評価されます。
■ 通過帯域 (Passband)
通過帯域とは、フィルターの挿入損失が規定値よりも小さい周波数範囲を指します。例えば、Mini-Circuits の多くのローパスフィルターでは、通過帯域内の最大挿入損失が 1dB 以下になるよう規定されています。フィルターを選定する際は、使用したい信号周波数がこの通過帯域内に収まっているかを確認する必要があります。
■ 阻止帯域 (Stopband)
阻止帯域とは、フィルターの挿入損失が規定値よりも大きくなる周波数範囲です。Mini-Circuits のローパスフィルターでは、挿入損失が 20dB 以上、または 40dB 以上となる領域を阻止帯域として規定しているモデルが多くあります。これらの数値は、エンジニアがフィルターの選択性を素早く比較・評価できるように設定された代表的な指標です。なお、実際の阻止帯域では 60dB を超える減衰性能を持つモデルもあります。
■ 遮断周波数 (Cut-off Frequency:fco)
遮断周波数 (fco) は、フィルターの挿入損失が 3dBとなる周波数です。遮断周波数は通過帯域と阻止帯域の境界を表現する際によく使用されます。また、フィルターの周波数レスポンスを正規化するための基準周波数としても利用されます。例えば Mini-Circuits の標準的なローパスフィルターでは、
通過帯域上限 ≒ 0.9 × fco
として定義されています。そのため、
必要な通過帯域:DC ~ 225 MHz
の場合、
fco = 250 MHz
程度のモデルを選定する必要があります。
遮断周波数 (fco) と通貨帯域・阻止帯域の関係
■ VSWR (Voltage Standing Wave Ratio)
VSWR(電圧定在波比)は、フィルターのインピーダンス整合状態を表す指標です。片方のポートを 50Ω 終端した状態で、もう一方のポートから見た整合状態を数値化したもので、リターンロス(反射損失)へ換算して評価することもできます。多くのフィルターでは、
通過帯域:良好な整合状態(中心周波数付近で 1.2:1 以下)
阻止帯域:高反射状態(18:1 程度)
となるように設計されています。ただし前述で紹介した定インピーダンス・バンドパスフィルターは例外で、通過帯域および阻止帯域の両方において良好なインピーダンス整合を維持します。
■ 中心周波数 (Center Frequency:f₀)
中心周波数は、バンドパスフィルターの通過帯域中央に位置する周波数です。3dB 遮断周波数を
低域側:f₁
高域側:f₂
とした場合、中心周波数は以下の式で求められます。
これは幾何平均による定義です。なお、帯域幅が狭いナローバンドフィルターでは、幾何平均による中心周波数と算術平均による中心周波数はほぼ同じ値になります。
■ 直線位相または平坦時間遅延 (Linear Phase and Flat Time Delay)
直線位相特性とは、周波数の変化に対して位相変化が一定の割合で発生する特性です。Mini-Circuits のPBLP シリーズでは、ベッセル・トムソン (Bessel-Thomson) 設計を採用し、直線位相特性を実現しています。この特性により、パルス信号を構成するさまざまな周波数成分がほぼ同じ時間だけ遅延して通過します。その結果、「信号波形の歪みを抑制できる」「パルス形状を維持しやすい」というメリットがあります。
■ グループ遅延 (Group Delay)
グループ遅延とは、パルスなど有限時間幅を持つ信号がフィルターを通過する際の遅延時間を示す指標です。理想的には、すべての周波数成分が同じ時間だけ遅延することが望まれます。しかし一般的なフィルターでは、グループ遅延は周波数によって変化します。一方、直線位相フィルターではグループ遅延がほぼ一定となるため、波形の歪みを抑えやすいという特徴があります。そのため、「パルス信号」「高速デジタル通信」「波形忠実度が重要なシステム」では、グループ遅延も重要な評価項目となります。
関連情報
本記事では、無線通信システム設計における RFフィルターの役割や、LPF・HPF・BPF の基本特性、選定時に確認したい用語について解説しました。Mini-Circuits では、バンドパスフィルター、ローパスフィルター、ハイパスフィルターをはじめ、バンドストップフィルター、ディプレクサー / トリプレクサーなど、幅広い RF フィルター製品をラインアップしています。また、LTCC、薄膜、キャビティー、セラミック共振器など、さまざまな設計技術や実装形態に対応しています。RF フィルターの製品ラインアップや仕様、用途に応じた製品選定について詳しく知りたい方は、以下の製品ページをご覧ください。
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