第3回 同期整流コンバータ回路での入出力コンデンサーの選定方法

本連載は、コンバーターICの評価ボードのリファレンス回路を題材に、各種ディスクリート部品の選定における重要な特性について解説します。
解説をする際に、個々の特性についてLTspice を用い、部品の定数または、部品自体を変えて、回路上での変化をシミュレーション波形や算出した値で確認を行い、特性と回路の関係を解説します。

今回は、同期整流タイプの降圧コンバーター回路に必要なインダクタ―の選定方法について、インダクタ―の特性が与える影響などを、LTspiceのシミュレーションを用いて確認しながら、2回に分けて解説していきます。
前編の今回は、「電源回路でのインダクタの役割」と「インダクタンス値:L」について解説します。後編では「定格電流:IsatItemp」、「直流抵抗:Rdc」、「自己共振周波数:SRF」および「インダクタの種類」について解説する予定です。

また、解説の際に用いるLTspice や評価キットなどは以下をご参照ください。

【LTspice のダウンロード / 使い方について】

LTspice ダウンロードページ(Analog Devices 社ホームページにリンクします)

*LTspice の使い方について知りたいという方は以下の当社記事をご確認ください。

LTspice を使ってみよう!


【使用している評価ボード/搭載されているレギュレーター/ボード購入情報】
LT8609A 同期整流降圧レギュレータ― (Analog Devices 社ホームページにリンクします)
・評価ボード: DC2958A (Analog Devices 社ホームページにリンクします)
・評価ボードDC2958Aは Macnica-Mouser.jp にて販売しております。(Macnica-Mouser.jp にリンクします)

(注意)
 本記事は、上記のコンバーターIC LT8609の周辺部品(インダクター)の選定方法について記載するものではありません。あくまでインダクターの特性をLTspice上で確認するためのサンプル回路例として使用しています。

目次

前編

電源回路でのインダクタ―の役割
インダクタンス値:L

後編

・定格電流:IsatItemp
・直流抵抗:Rdc
・自己共振周波数:SRF
・インダクタ―の種類

1.電源回路でのインダクタ―の役割

電源回路の構成要素の1つであるインダクタ―は、抵抗やコンデンサーと並んで重要な働きをします。DCDCコンバーターにインダクタ―を使用する場合、電源IC側から電流が供給される時間(t1)と、供給されない時間(t2)が交互に繰り返されます。ICから電流が供給される時間は負荷側に電流を供給するのと同時に、インダクタに磁気エネルギーを蓄積します。
IC側から供給されない時間はインダクタに蓄積された磁気エネルギーで負荷側に電流を供給します。

このように、インダクタ―は磁気エネルギを蓄積し負荷側に電流を供給するという役割があります。(なお、t1t2の比率で出力電圧が決まります。)
また、コンデンサーと共に電源ICから出力される矩形波出力を平滑して直流化する(LCのローパスフィルター)という役割もあります。

電源回路
電源回路

《ポイント》

  1. インダクタ―の性質(電流を流すと、その状態を維持しようとする)を利用した電流源として負荷に電流を供給する
  2. 電源ICから出力される矩形波出力を平滑して直流化する。

2.インダクタンス値:L

インダクタ―に流れる電流が変化すると、誘導起電力が発生します。その起電力の大きさは以下の式で表すことができます。

V=Ldi/dt

なお、電源関係ではこの式を変形した、Δi/Δt=V/Lがよく使われます。
すなわち、インダクタ―に電圧(V)が印加されたときの電流の変化(Δi/Δt)はインダクタ値(L)に反比例します。

L値は、インダクタのリップル電流や負荷応答特性に影響を与える非常に重要なパラメーターです。インダクタ―に流れる電流が大きくなると、磁性体の磁気飽和が発生しL値は減少していきます。これを「直流重畳特性」と呼びます。データシートに記載されているL値は直流重畳電流が0Aの時の値です。

一般的に、L値が大きいと、リップル電流(ΔIL)は小さくなり、ノイズ(リップル電圧)も小さくなります。また、ピーク電流は小さくなり、電流が電源ICの過電流保護機能(後ほど説明)のしきい値を超えづらいので、過電流保護機能が作動しづらくなり、最大出力電流を大きくできることになります。但し、ランプ電流速度は、遅いので、単位時間当たりの電流増加量が少なくなり、過渡応答が悪くなります。
L値が小さい場合は、すべてこの逆が言えます。まとめると次の表のようになります。

表1. L値の効果
表1. L値の効果

電源ICの仕様から、適正なL値は次式から求められます。

適正なL値を求める式

Vin:入力電圧 Vout:出力電圧 fsw:スイッチング周波数 Iout:負荷電流
     r:電流リップル比 (適正値は0.3~0.4)

電流リップル比rは次式から求められます。

ΔILはインダクタリップル電流です。次式で表されます。

インダクタ―リップル電流(ΔIL)を表す式

(この式からリップル電流はLの値に反比例することがわかります)

ただし、電源ICのデータシートには、適正なL値が記載されているので、メーカー推奨のリファレンス回路を参考に選定する事をお勧めします。

(1)インダクタ―電流の確認

最初に、L値がインダクタ―電流に及ぼす影響をシミュレーションで確認します。
シミュレーションを行う回路は図1です。本来この回路構成の場合、L1は2.2μHが適正値ですが、ここでは違いを明確にするため、あえて極端に異なる次の2つの値で比較してみます。
インダクタ―L1の値を比較的大きな値の4.7μHと、比較的小さな値の1.0μHで、インダクタ―電流を比較します。

図1. L値がインダクタ―電流に及ぼす影響のシミュレーション回路
図1. L値がインダクタ―電流に及ぼす影響のシミュレーション回路

シミュレーション結果は次のようになります。

4.7μHの場合のリップル電流(ΔIL)は、約0.32Aで、1.0μHの場合は、約1.50Aです。
L値とリップル電流(ΔIL)の関係が反比例にあることが確認できます。

(2)出力電圧状態の確認

次に、L値を変更して出力電圧の状態を確認します。
シミュレーションを行う回路は図2です。回路構成は図1と同じですが、比較対象を出力電圧にします。ここでも、インダクタ―L1の値を4.7μH1.0μHの場合で比較します。

図2. L値が出力電圧に及ぼす影響のシミュレーション回路
図2. L値が出力電圧に及ぼす影響のシミュレーション回路

シミュレーション結果は次のようになります。

4.7μHの場合のリップル電圧は、約3.5mVで、1.0μHの場合は、約19.8mVです。
インダクタ―電流が大きいと出力電圧のリップル電圧に影響することが確認できます。なお、インダクタ―値を変更できない場合にリップル電圧を小さくするには、コンデンサーの容量を大きくする必要があります。

(3)過渡応答状態の確認

今度は、L値を変更して過渡応答状態を確認します。負荷変動電流の条件は0.5Aから0.1us1.5Aまで増加させて、1ms1.5Aを流し、1.5Aから0.1us0.5Aまで減少させる条件でシミュレーションします。

シミュレーションを行う回路は図3です。基本的な回路構成は図1や図2と同じですが、負荷電流を流すために、電流源を負荷として接続してあります。ここでも、インダクタ―L1の値を4.7μH1.0μHで、出力電圧を比較します。

図3. L値が過渡応答に及ぼす影響のシミュレーション回路
図3. L値が過渡応答に及ぼす影響のシミュレーション回路

シミュレーション結果は次のようになります。

1のランプ電流速度の欄でも述べたように、インダクタ―が大きいと過渡応答が悪く(応答スピードが遅く)なります。負荷電流が急激に変動する期間で、4.7μHの場合と、1.0μHの場合の出力電圧を比較すると、4.7μHの場合の方が、変動が大きくなっているのがわかります。ここから、インダクタ―値が過渡応答時の出力電圧の状態に影響を及ぼすことが確認できます。

(4)負荷電流を大きくした状態の確認

負荷電流が、もっと大きい場合はどうでしょうか?負荷電流を先ほどの1.5Aよりも大きな2.8Aで、どのような現象が起きるかをシミュレーションで確認してみます。

シミュレーションを行う回路は図4です。負荷としてLoad2を用いて一定期間電流を1Aから2.8Aに増加させます。ここでも、インダクタ―L1の値を4.7μH1.0μHで、出力電圧を比較します。

図4. 負荷電流を大きくした状態のシミュレーション回路
図4. 負荷電流を大きくした状態のシミュレーション回路

シミュレーションを行う前に、予備知識として、電源ICの出力電流が増えた場合の過電流保護 (OCPOver Current Protection) 機能について説明します。
過電流保護機能とは、出力短絡などの何らかのアクシデントで、出力電流が異常に大きくなってしまった場合に、電源ICの出力を停止する機能です。これにより過大電流による、電源ICの特性の劣化、動作不良、損傷などを防止します。過電流を検出する方法や出力の停止方法は、製品によって異なります。
今回のシミュレーションでは、負荷電流が大きくなりますので、電源ICの過電流保護機能(今回のICは周波数フォールドバック型:発振周波数を下げ、最小ONデューティを小さくすることによって出力電流を制限する方式)が動作する可能性があります。

過電流保護機能の詳細は、各製品の説明書(マニュアルなど)を参照してください。

(a)インダクタ―L1=4.7μHの場合のシミュレーション結果

負荷電流が大きくなった直後、負荷電流の変化が速くICの出力電圧の補正スピードが追従できないため、負荷電流が急激に増加した直後に電圧は下がるが、インダクタ―ピーク電流の変化は抑えられて、電源ICの過電流保護機能のしきい値を超えません。そのため、過電流保護機能は作動せず、正常動作を継続します。

(b)インダクタ―L1=1.0μHの場合のシミュレーション結果

インダクタ―のL値が小さいとリップル電流が大きくなるので、負荷電流が急激に大きくなると、インダクタピーク電流も大きくなり、電源ICの過電流保護機能が作動してしまい、出力電圧が低下します。

《ポイント》

  1. L値とインダクタ―のリップル電流(ΔIL)の関係は反比例する。
  2. インダクタ―電流が大きいと出力電圧のリップル電圧に影響を及ぼす。
  3. インダクタ―電流の大小が過渡応答時の出力電圧の状態に影響を及ぼす。
  4. インダクタ―のL値が小さいとリップル電流が大きくなるので、負荷電流を大きくするとインダクタ―ピーク電流も大きくなり、電源ICの過電流保護機能が作動して、デューティの小さい間欠状態となり出力電圧が低下する。

ディスクリート部品の特性を理解して回路設計技術を向上しよう!

昨今、製品の早期市場投入のため設計期間がタイトになっています。実績あるデザインやリファレンスデザインを活用しても、回路最適化のためディスクリート部品の選定はしなければなりません。その時、拠り所となる選定方法をこの技術記事でお伝えします。