回路マッチング(回路解析)において具体的に負性抵抗(-R)や発振余裕度はどのように割り出されているのかについては、複雑な手順と計算がありますので、なかなか分かり難いと思います。ここではそのような具体的内容に興味ある方のためにそれらを求める手順を、実例を元にして説明します。
実例として3.2x2.5サイズの水晶振動子 SEG55 24.576MHz CL=9pFを実際に解析した時のデータに基づいて説明します。 ここでの水晶振動子は次のような実測データでした。
1. 負性抵抗(-R)の具体的算出方法
負性抵抗(-R)とは回路(IC)の持つ発振起動力のことで、次の公式で求められます。
Reとは、水晶振動子の負荷時等価抵抗のことで、水晶振動子を回路に搭載した時に示す抵抗値です。Reは次の公式で求められます。
ここで Rs=18.7Ω、Co=1.1pF、CL=9pF を代入すると下記の計算式になります。
ESR = 18.7Ωの1.26倍になっています。
(水晶振動子を基板に搭載すると、抵抗値が1.26倍になるということです)
次にRvは、回路が発振を開始するぎりぎりの抵抗値のことで、実際に測定して求めます。
Rvを最大にして発振を止めた状態から徐々に値を下げて発振を開始する時のRv値を求めます。
今回の実測値は Rv = 2430Ω でした。
そこで下記の計算式で負性抵抗の値を求めます。
2. 発振余裕度の具体的算出方法
発振余裕度とは、水晶振動子のESRの値が規格値ぎりぎりの最悪である場合に、その回路(IC)がどれだけ余裕を持って発振させる力を持っているかを倍率で表したものです。
その倍率は水晶振動子を回路に搭載した時の抵抗値(Re)と、負性抵抗(-R)の比で表します。
下記は発振余裕度の公式になります。
上述を参考にした、Reを求める公式です。
発振余裕度を求める場合のRsは、実測値18.7ΩでなくESRの規格値を用いて計算します。
というのは納入される水晶振動子にもESRの値にバラツキがあり、納入品の中に規格値ぎりぎりの場合があり得るので、最悪の条件で余裕度を計算しておいた方が安全だからです。
このことは、後述するとおり、5. 回路解析と基板の合否 にも関係してくる重要なポイントです。
九州電通のSEGの24.576MHzの場合、規格値は90Ωとなっています。
ですから Rs=90Ω、Co=1.1pF、CL=9pF を代入すると112.9Ωとなります。
水晶振動子のESRが90Ωの場合、基板上では112.9Ωになるということです。
そこで、下記の計算式で発振余裕度が求められます。(ESRの値が最悪の90Ωの時でも21.7倍の発振余裕度があるということです)
3. ドライブ・レベルの具体的算出方法
ドライブ・レベルの値は下記の公式で求められます。
ここではRe = Rs x ( 1 + Co / CL )2 ですから、Rs=18.7Ω、Co=1.1pF、CL=9pFを代入してReの値を求めます。
水晶電流値(I)を実測すると2.26mAでしたので、代入してドライブ・レベルを求めます。
ドライブ・レベルは通常100µW辺りが適切とされていますので、この値ならば問題ないと思われます。
この様にして負性抵抗(-R)や発振余裕度、ドライブ・レベルなどを求めます。
4. 負性抵抗(-R)、発振余裕度を上げる方法
受領した回路によっては負性抵抗、発振余裕度が不十分な場合もあります。そのような時は、下記の方法で負性抵抗を上げて発振余裕度をアップすることが出来ます。1、2の方法でも不十分の場合には、3の方法で対応してください。
- ダンピング抵抗Rdの値を下げる
- 外付けコンデンサの値を下げる
- ESRの規格を厳しくする
発振余裕度というのは 2. 発振余裕度の具体的算出方法 で述べた通り、計算でESRの規格値を用いますから規格値を厳しくすることで余裕度はアップ出来ることになります。この場合、負性抵抗の値は変わりません。
例えば、下記の計算式の90の代わりに規格値を半分にするとして、例えば45を代入するとReの値は半分になるので、理論的には発振余裕度を2倍にすることが可能です。
しかし、ESRの規格を厳しくすることは対応不可のこともありますし、可能であっても歩留まりが悪くなるため、別途見積りが必要になります。
5. 回路マッチング(回路解析)で確認
九州電通の回路解析報告書の末尾には「検討結果は、お預かりした基板・部品の範囲での評価結果となります。各部品のバラツキを含む精度設計については、お客様において十分ご確認下さい。」という文言が付記されています。
解析用基板に搭載されている水晶振動子は1個ですが、量産で納入した場合は必ずバラツキがあります。ESRの値も規格の範囲内で必ずバラツキがあります。
1. 負性抵抗(-R)の具体的算出方法 における負性抵抗を求める時は、その基板に搭載されている水晶振動子の実測値を前提に計算しますが、結局はICを中心とした回路そのものの発振起動力(ICの能力)を割り出すのが目的ですから、搭載された水晶振動子のESRの値を利用して計算します。ESRが異なる値の水晶を搭載しても負性抵抗の値は変りません。
しかし、2. 発振余裕度の具体的算出方法 の発振余裕度は、バラツキのあるESRの値すべてを前提にして余裕度を考えておかなければなりませんから、バラツキの最大値=規格値を前提に計算しなければならない、ということになります。
また、基板に搭載されている種々の部品にもバラツキがありますし、IC自体にもバラツキがあります。
水晶振動子の周波数安定度やESRの値にバラツキがあっても、回路解析をすることによって、量産時でも水晶振動子が発振するということは確認できますが、そのことが基板そのものが合格であるかどうかとか、最終製品が合格であるかどうかの判定をするものではありませんので留意して下さい。
発振余裕度が5倍以上確保出来ていた場合でも、発振不良で返却される場合があります。
原因はさまざまな態様があり得ますが、なかにはICのロットが代わったことが原因で発振のトラブルが生じたのかもしれないという事例や、電源投入後、発振が安定するまでの間にノイズが飛び込んで適正な発振が妨げられたのかも知れないという事例が報告されています。
いずれにしても、回路解析で発振余裕度5倍以上確保しておけば、将来発振トラブルは絶対に起こらないということではないことをご承知おきください。
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